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神話 その一
Zumpeは12使徒のひとりか?
7年戦争の戦火をのがれて渡英、英系ピアノの発展に貢献したジルバーマン派の工匠が、のちに12使徒と讃えられることになる歴史はよく語られています。
モーツァルト時代から作られ始めた、スクエア・ピアノ(独:ターフェルクラヴィーア)のヒットメーカーで知られるZumpe(ツンペ)が12使徒のひとりであるという説はどうやら間違いのようです。
マイケル・コールというスクエア・ピアノ研究家は、Zumpeがジルバーマン派である証拠はないと未だにウエブ上で力説しています。Edgar Brinsmead という人がZumpeの死後約100年経て「不注意にもよく調べずに」書いた説だそうです。
数年前スクエア・ピアノを調べているうち、コールの説に気づき、拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』にはそれを紹介しました。 コールは、Zumpeの生まれ故郷近くにあるニュルンベルクの博物館の収蔵ターフェルクラヴィーアは多いけれど、「Zumpe楽器がないのが不思議」といっています。
ところが、Zumpeのことにふれる邦書は「12使徒のひとり」説ばかりの多数派。昨日立ち読みした某新刊書も同上。権威者の「コビキマゴビキ」による神話形成現象の例です。
拙著をお持ちの、ある方の初期ピアノ関連レクチャーの説明でもそうだったので指摘しましたら、「日本の資料にばかり頼ってしまった結果・・」。「拙著も日本語ですが・・」と言いたかったけどやめました。政府与党のように、多数決で負けても「再議決」で粘りたい。
コールのサイトは
http://www.squarepianos.com/zumpe.htm
英文ですがご覧下さい。
私は2005年のドイツ旅行で、広々した景色を眺めに行ったようなものでしたが、ニュルンベルク近郊のZumpeの生まれ故郷フュルトに行ってきました。その帰路に寄った、ヒトラーが第3帝国を夢見て建てようとした新国会議事堂の廃墟、その一角にあったナチスの記録を見せる展示場、ニュルンベルクのオーケストラ練習場があったこと等が、むしろ強く印象に残ってしまいました。
7年戦争の戦火をのがれて渡英、英系ピアノの発展に貢献したジルバーマン派の工匠が、のちに12使徒と讃えられることになる歴史はよく語られています。
モーツァルト時代から作られ始めた、スクエア・ピアノ(独:ターフェルクラヴィーア)のヒットメーカーで知られるZumpe(ツンペ)が12使徒のひとりであるという説はどうやら間違いのようです。
マイケル・コールというスクエア・ピアノ研究家は、Zumpeがジルバーマン派である証拠はないと未だにウエブ上で力説しています。Edgar Brinsmead という人がZumpeの死後約100年経て「不注意にもよく調べずに」書いた説だそうです。
数年前スクエア・ピアノを調べているうち、コールの説に気づき、拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』にはそれを紹介しました。 コールは、Zumpeの生まれ故郷近くにあるニュルンベルクの博物館の収蔵ターフェルクラヴィーアは多いけれど、「Zumpe楽器がないのが不思議」といっています。
ところが、Zumpeのことにふれる邦書は「12使徒のひとり」説ばかりの多数派。昨日立ち読みした某新刊書も同上。権威者の「コビキマゴビキ」による神話形成現象の例です。
拙著をお持ちの、ある方の初期ピアノ関連レクチャーの説明でもそうだったので指摘しましたら、「日本の資料にばかり頼ってしまった結果・・」。「拙著も日本語ですが・・」と言いたかったけどやめました。政府与党のように、多数決で負けても「再議決」で粘りたい。
コールのサイトは
http://www.squarepianos.com/zumpe.htm
英文ですがご覧下さい。
私は2005年のドイツ旅行で、広々した景色を眺めに行ったようなものでしたが、ニュルンベルク近郊のZumpeの生まれ故郷フュルトに行ってきました。その帰路に寄った、ヒトラーが第3帝国を夢見て建てようとした新国会議事堂の廃墟、その一角にあったナチスの記録を見せる展示場、ニュルンベルクのオーケストラ練習場があったこと等が、むしろ強く印象に残ってしまいました。
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