名器・ルッカースのふるさと

アントワープ フレースハイス博物館外観
1501〜4年建造。以来19世紀中頃まで肉屋のギルド本部のおかれた建物。

Vleeshuis外観 (2)

 『フランダースの犬』の像があるアントワープの大聖堂前に市庁舎、そこから歩いてすぐのところです。
  館は、道を挟んでRuckers ファミリーの工房のあった建物と向き合っています。
  いま評判の 「ユー・チューブ」という動画でこのあたりの風景ほかを見ることができます。

ルッカース・ファミリー
 ヴァイオリンの名器ストラディヴァリにたとえられるチェンバロの名器は、十六世紀末からアントワープで作られたルッカース・ファミリーの楽器です。オリジナル状態のまま現存する楽器はありません。
 しかし、イタリアを除くヨーロッパ十八世紀の各国で作られた名器のルーツといえるモデルで、名画を残したルーベンスファン・ダイクレンブラントフェルメールの時代の、スペイン領フランドルから独立した新興オランダの勢いやまぬ時代の楽器です。蛇足ですが、独立戦争ではオランダとなった北部七州と違いアントワープは取り残されたまま衰退。今はベルギー領の観光都市です。

 チェンバロが博物館入りしてしまったこともあり、ながらくルッカース・ファミリー史については詳細不明でしたが、上記フレースハイス博物館の成果で歴史が、また、G. O’Brienの研究によって名器の構造製法が明らかになってきました。 

 そのチェンバロ史の重要な時期と日本は関わりがあります。 
 当時日本は、開幕以来の大事件天草四郎率いる島原の乱以後のキリシタン厳禁策で、オランダとのみ繋がりを保つことになり、西洋音楽の伝来が途絶えたといわれます。しかしゼロではなく、洋楽伝来は幕末まで長崎・出島経由でわずかにあったようです。
 その少し前の戦国末期、天正遣欧少年使節を派遣するキリシタン大名のひとり、大友宗麟の事跡を考古した大分県庁の広報記事があり、
http://www.pref.oita.jp/10400/neooita/vol44/special1.html
がとても興味深い。
 帰国した少年たちはアルパ、クラヴォ、ラウテ、レべカの演奏をしたそうです。天才クリストフォリの新発明楽器「ピアノもフォルテも可能なアルピチェンバロ」という記録もあり、アルパをハープとみるのはいいとして、レべカをヴィオラと解釈するのはおかしい。ヴァイオリン属出現の頃ですからヴィオラ・ダ・ガンバかヴィオラ・ダ・ブラッチョかヴィオールか、似た発音ならレベックも。というわけで、上記サイト解説文中の「ヴィオラ演奏」という字句には疑問ありです。
 チェンバロはオランダ語でクラーフシベルでしたからクラヴォはチェンバロかどうか、ラウテは多分リュートでしょう。でも、アルパがアルピコルド(多角形イタリアン・ヴァージナル)、クラヴォは、スペインではクラヴィコルディオかクラヴォがチェンバロのことですし、広義に鍵盤楽器とみてクラヴィコードとかポジティフかポルタティフタイプのオルガンだった可能性も否定できません。
 歴史好きの方へ
ルッカース時代のヨーロッパ、当時の我が国との関連 については、拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻26/45頁、下巻97/127/159頁をご覧下さい。

Vleeshuis館内 (2)

 博物館は楽器のほか、祭壇、陶器、ガラス器などの重要なアントワープ製工芸品、貨幣、武器、装飾品なども展示しています。

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