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偽作の名器 その四 追記
『偽作の名器 その四』の編集作業中、Goermans・Taskinの履歴書 その二で「装飾・外装」関連記事が抜けてしまいました。お詫びして追記します。
1750年と1760年作(上巻p.39)のStehlin(ステーラン)楽器や、Blanchet(ブランシェ)による1765年作のクラヴサン(元ローゼンバウム・コレクション、現在、浜松市楽器博物館蔵 下巻p.62、:タスカンの親方の最終楽器)と共に、この楽器の響板装飾はStehlin楽器の装飾を担当したアトリエの手になるもので、Taskin楽器の初期の彩画師の技法同様、事前のサイジング(滲み止め)は花を描く部分だけに施し、ローズ周りは花紺青(smalt:ガラス粉顔料)を使用。
また、この楽器の脚スタンド・エプロン等はパリ; 個人(Kenneth Gilbert)蔵の1771,Goermans, Jacquesのそれと同じ作りで、Hemsch(エムシュ)楽器のそれにも似ているため、猫足スタンド台の外注先が同じであったとみられている(S.Germ 1981, p.198)。
1750年と1760年作(上巻p.39)のStehlin(ステーラン)楽器や、Blanchet(ブランシェ)による1765年作のクラヴサン(元ローゼンバウム・コレクション、現在、浜松市楽器博物館蔵 下巻p.62、:タスカンの親方の最終楽器)と共に、この楽器の響板装飾はStehlin楽器の装飾を担当したアトリエの手になるもので、Taskin楽器の初期の彩画師の技法同様、事前のサイジング(滲み止め)は花を描く部分だけに施し、ローズ周りは花紺青(smalt:ガラス粉顔料)を使用。
また、この楽器の脚スタンド・エプロン等はパリ; 個人(Kenneth Gilbert)蔵の1771,Goermans, Jacquesのそれと同じ作りで、Hemsch(エムシュ)楽器のそれにも似ているため、猫足スタンド台の外注先が同じであったとみられている(S.Germ 1981, p.198)。
偽作の名器 その四
今回はGoermans(グルマン)・Taskin(タスカン)楽器の装飾・外装について、元楽器の製作工匠であるグルマン・ファミリーと、その現存楽器について紹介します。

下記解説は、東京コレギウム刊・拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上・下巻からの転載です。
Goermans・Taskinの履歴書 その二
Arnold Dolmetschおよび W. H. Nearnにより1899年修復。DolmetschからMrs.George Crawleyが購入。そのため「ミセスCrawleyのCouchet」として知られてきた。その後ミセスからRaymond Russellが購入したが、ラッセル・コレクションの中には含まれていなかった。Russell歿後、ラッセルの母親からエディンバラ大学に寄託、1974年にラッセル・コレクションに買い上げられたもの。
Goermansファミリー
Goermansファミリーの姓はフランドル由来とされる。初代Jean は1703年、ブランデンブルク辺境近くの出身。パリでは1730年以前にクラヴサン工匠親方として認められ、MozartがSteinピアノを称賛する有名な手紙を書いた1777年に歿。 Goermansファミリーは、十八世紀後半にはパリに居をかまえ、初代と同名の息子Jeanはクラヴサン奏者、もう一人の息子Jacquesが跡を継いで優れたクラヴサン工匠となり、ピアノも製作した。そのクラヴサンは初期フレミッシュ楽器をモデルとし、当時のフランス・モデルより側板が薄く軽量。また、その清澄な音色への評価は当時から高かったようで、Jeanの存命中から工匠作の楽器が’Ioannes Couchet作’とされてしまった「偽作楽器」も出現している(上掲ラッセル・コレクション蔵1764, Goermans, Jean(伝) 参照)。
ファミリーの現存楽器には、ストックホルム:音楽史博物館蔵:1738, Goermans,Jean(上巻p.126)と、オックスフォード大学ベイト・コレクション蔵:1750,Goermans, Jean(上巻p.65)⇨S.vol. 4.p.142、ピアノに改造されたニューヨーク;メトロポリタン博物館蔵:1754, Goermans, Jean(上巻p.33)⇨S.vol. 4.p.143、などJean作が5台。他にパリ; 個人(Kenneth Gilbert)蔵:1771, Goermans,Jacques、パリ; 個人(Yannick Guillou[ヤニック・ギゥ])蔵:1774, Goermans,Jacques ⇨M. p.67/88 ⇨Wa. p. 369、サウス・ダコタ大学 ナショナル音楽博物館蔵:1785? Goermans, Jacques (上巻p.19)等およそ9台がある。
図版の収載されている出版物の記号:⇨S.vol. 4.p.142・・等は『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上・下巻の「はじめに」をご覧下さい。
(偽作の名器シリーズ おわり)

下記解説は、東京コレギウム刊・拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上・下巻からの転載です。
Goermans・Taskinの履歴書 その二
Arnold Dolmetschおよび W. H. Nearnにより1899年修復。DolmetschからMrs.George Crawleyが購入。そのため「ミセスCrawleyのCouchet」として知られてきた。その後ミセスからRaymond Russellが購入したが、ラッセル・コレクションの中には含まれていなかった。Russell歿後、ラッセルの母親からエディンバラ大学に寄託、1974年にラッセル・コレクションに買い上げられたもの。
Goermansファミリー
Goermansファミリーの姓はフランドル由来とされる。初代Jean は1703年、ブランデンブルク辺境近くの出身。パリでは1730年以前にクラヴサン工匠親方として認められ、MozartがSteinピアノを称賛する有名な手紙を書いた1777年に歿。 Goermansファミリーは、十八世紀後半にはパリに居をかまえ、初代と同名の息子Jeanはクラヴサン奏者、もう一人の息子Jacquesが跡を継いで優れたクラヴサン工匠となり、ピアノも製作した。そのクラヴサンは初期フレミッシュ楽器をモデルとし、当時のフランス・モデルより側板が薄く軽量。また、その清澄な音色への評価は当時から高かったようで、Jeanの存命中から工匠作の楽器が’Ioannes Couchet作’とされてしまった「偽作楽器」も出現している(上掲ラッセル・コレクション蔵1764, Goermans, Jean(伝) 参照)。
ファミリーの現存楽器には、ストックホルム:音楽史博物館蔵:1738, Goermans,Jean(上巻p.126)と、オックスフォード大学ベイト・コレクション蔵:1750,Goermans, Jean(上巻p.65)⇨S.vol. 4.p.142、ピアノに改造されたニューヨーク;メトロポリタン博物館蔵:1754, Goermans, Jean(上巻p.33)⇨S.vol. 4.p.143、などJean作が5台。他にパリ; 個人(Kenneth Gilbert)蔵:1771, Goermans,Jacques、パリ; 個人(Yannick Guillou[ヤニック・ギゥ])蔵:1774, Goermans,Jacques ⇨M. p.67/88 ⇨Wa. p. 369、サウス・ダコタ大学 ナショナル音楽博物館蔵:1785? Goermans, Jacques (上巻p.19)等およそ9台がある。
図版の収載されている出版物の記号:⇨S.vol. 4.p.142・・等は『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上・下巻の「はじめに」をご覧下さい。
(偽作の名器シリーズ おわり)
偽作の名器 その三
このGoermans(グルマン)・Taskin(タスカン)楽器のほかにも、スイスの個人蔵・偽作1644年ハンス・ルッカースが、O’Brienに「かつて聞いた最も素晴らしい響きをもつ楽器のうちのひとつ・・」と評価されています(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻121頁)。
現代では「ニセ工匠銘(ブランド)」は社会的に厳しく対応されます。しかし、聞こえの悪い偽造・偽作というレッテルから、音色が影響されるわけではありません。出来の良いグルマン楽器を、名工タスカンが見込んだということです。「日本は屑ヴァイオリンの墓場」といわれ、ヴァイオリンの世界では「ニセ・ブランド」楽器とわからないまま気に入っている演奏家は少なくないし、名画の偽作、バッハやモーツァルトにもある他人作品の流用・・・いろいろ面白い話がありますね。「知的財産権」といった言葉の認識はごく最近のことなのです。
十八世紀フランスで、ルッカース・ファミリーの楽器が高値を呼んだ話はよく知られています。そのため偽作楽器が出現したわけですが、Taskin工房の偽造手法を調べてみました。
Taskin工房の経営努力
モーツァルトも手紙に書き、父子因縁のコロレード大司教が所有したバウマン作ピアノを研究したり、クラヴィコードの研究で知られるBernard Brauchliの論文『ポルトガル・コラレスの1782年作タスカン』 'The 1782 Taskin harpsichord, Colares, Portugal', GSJ.Vol.53(2000), p.25 .によると、工房の製作姿勢は次の3種で、名工Taskinの「経営努力」が見えて興味深いものがあります。
1. 純正Taskin工房製楽器には単にTaskinとのみ記銘。
2. フレミッシュ古楽器を改作あるいはラヴァルマンして、原工匠銘とTaskin銘を併記(特にRuckersが多い)。
3. 新規工房製楽器に古楽器の部材を流用したりしなかったりして、Taskin銘に真正あるいは偽造の原工匠銘を付け、改作楽器あるいはラヴァルマン楽器とする。
等であったが、第4の製作姿勢の可能性として「Taskin工房製新品楽器を古く見せかける」
としている。
この第3、第4の作り方が「産地偽装」にあたります。
しかし、Taskinは前述のように同時代の工匠Goermansファミリー製の楽器をCouchetダブルに仕立てたのですから、「他工房製新品楽器を古く見せかける」第5の製作姿勢もあったことになります。
(つづく)
現代では「ニセ工匠銘(ブランド)」は社会的に厳しく対応されます。しかし、聞こえの悪い偽造・偽作というレッテルから、音色が影響されるわけではありません。出来の良いグルマン楽器を、名工タスカンが見込んだということです。「日本は屑ヴァイオリンの墓場」といわれ、ヴァイオリンの世界では「ニセ・ブランド」楽器とわからないまま気に入っている演奏家は少なくないし、名画の偽作、バッハやモーツァルトにもある他人作品の流用・・・いろいろ面白い話がありますね。「知的財産権」といった言葉の認識はごく最近のことなのです。
十八世紀フランスで、ルッカース・ファミリーの楽器が高値を呼んだ話はよく知られています。そのため偽作楽器が出現したわけですが、Taskin工房の偽造手法を調べてみました。
Taskin工房の経営努力
モーツァルトも手紙に書き、父子因縁のコロレード大司教が所有したバウマン作ピアノを研究したり、クラヴィコードの研究で知られるBernard Brauchliの論文『ポルトガル・コラレスの1782年作タスカン』 'The 1782 Taskin harpsichord, Colares, Portugal', GSJ.Vol.53(2000), p.25 .によると、工房の製作姿勢は次の3種で、名工Taskinの「経営努力」が見えて興味深いものがあります。
1. 純正Taskin工房製楽器には単にTaskinとのみ記銘。
2. フレミッシュ古楽器を改作あるいはラヴァルマンして、原工匠銘とTaskin銘を併記(特にRuckersが多い)。
3. 新規工房製楽器に古楽器の部材を流用したりしなかったりして、Taskin銘に真正あるいは偽造の原工匠銘を付け、改作楽器あるいはラヴァルマン楽器とする。
等であったが、第4の製作姿勢の可能性として「Taskin工房製新品楽器を古く見せかける」
としている。
この第3、第4の作り方が「産地偽装」にあたります。
しかし、Taskinは前述のように同時代の工匠Goermansファミリー製の楽器をCouchetダブルに仕立てたのですから、「他工房製新品楽器を古く見せかける」第5の製作姿勢もあったことになります。
(つづく)
偽作の名器 その二
オリジナル楽器の演奏録音
このGoermans(グルマン)・Taskin(タスカン)楽器を使用した録音は過去にもありました。しかし、一般には私有楽器ならともかく、公的博物館・コレクション収蔵の古楽器を使った録音は決して多くありません。ですから、このたびの家喜(いえき)さんのリリースされたCD《ゴルトベルク》にラッセル・コレクション収蔵オリジナル楽器が使われたのは注目すべきことだと思います。
もちろん、提供するコレクション側としては演奏者は誰でもいいわけではなく、楽歴・実績の審査をするそうです。
データ
以前、この楽器はルッカース・ファミリーの一員である、クシェの作った楽器として知られてきました。ラッセル家からエディンバラ大学に寄贈された蒐集楽器群のなかには入っておらず、少なくとも私は注目していましたので、下記データと解説を 拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上・下巻に収載してありました。部分転載ですがご覧下さい。

1764, Goermans, Jean(伝) コレクション番号:HD5-IG1763.29
二段鍵盤クラヴサン。銘:響板- 1764。ローズのイニシャルIG をICに変造。ネームボード-FAIT PAR PASCL TASKIN A PARIS 1783。8'ナット前のピン板に指定弦ゲージ(OrganYearbook, 1981, p.160-70参照)と共にスタンプ- REFAIT PAR PASCAL TASKIN APARIS 1784。
仕様:2x8', 1x4'。ポウ・ド・ビュフル、ひざレバー、ハープ・ストップ付。音域:F1〜f3。c2弦長:366mm(おそらくa1≒409Hzだが指定ゲージで415も可)。鍵盤:ギルドされた梨材アーケード付黒の幹音キイ(黒檀貼)。ステインされたオーク材の白シャープキイ(獣骨貼)。ケース外装:塗装。全長:2365mm。幅:939mm。高さ:271mm。
Goermans(グルマン)・Taskin(タスカン)の履歴書 その一
Sheridan Germann, 'Mrs Crawley’s Couchet Reconsidered', Early Music, Vol.VII, No.4, Apr. 1979, pp.473-481によると、この楽器はGoermansファミリーのJean、またはJacquesによる1764年の楽器。それをTaskinが、原製作者Goermansの存命中に改造、響板を染めて古びさせ、ローズのイニシャルを改竄、ポウ・ド・ビュフル(付録E 下巻p.170参照)と、ひざレバー(ジュヌイエール)を付加、ケースと蓋に再装飾、本物の Couchetダブルと偽って売却したという。Goermansファミリーの楽器は初期フレミッシュ楽器をモデルにしているため、偽作のフレミッシュ楽器として改作しやすかったらしい。名工Taskinも、自他の所属を明確にする意識に乏しかったことになる。
(つづく)
このGoermans(グルマン)・Taskin(タスカン)楽器を使用した録音は過去にもありました。しかし、一般には私有楽器ならともかく、公的博物館・コレクション収蔵の古楽器を使った録音は決して多くありません。ですから、このたびの家喜(いえき)さんのリリースされたCD《ゴルトベルク》にラッセル・コレクション収蔵オリジナル楽器が使われたのは注目すべきことだと思います。
もちろん、提供するコレクション側としては演奏者は誰でもいいわけではなく、楽歴・実績の審査をするそうです。
データ
以前、この楽器はルッカース・ファミリーの一員である、クシェの作った楽器として知られてきました。ラッセル家からエディンバラ大学に寄贈された蒐集楽器群のなかには入っておらず、少なくとも私は注目していましたので、下記データと解説を 拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上・下巻に収載してありました。部分転載ですがご覧下さい。

1764, Goermans, Jean(伝) コレクション番号:HD5-IG1763.29
二段鍵盤クラヴサン。銘:響板- 1764。ローズのイニシャルIG をICに変造。ネームボード-FAIT PAR PASCL TASKIN A PARIS 1783。8'ナット前のピン板に指定弦ゲージ(OrganYearbook, 1981, p.160-70参照)と共にスタンプ- REFAIT PAR PASCAL TASKIN APARIS 1784。
仕様:2x8', 1x4'。ポウ・ド・ビュフル、ひざレバー、ハープ・ストップ付。音域:F1〜f3。c2弦長:366mm(おそらくa1≒409Hzだが指定ゲージで415も可)。鍵盤:ギルドされた梨材アーケード付黒の幹音キイ(黒檀貼)。ステインされたオーク材の白シャープキイ(獣骨貼)。ケース外装:塗装。全長:2365mm。幅:939mm。高さ:271mm。
Goermans(グルマン)・Taskin(タスカン)の履歴書 その一
Sheridan Germann, 'Mrs Crawley’s Couchet Reconsidered', Early Music, Vol.VII, No.4, Apr. 1979, pp.473-481によると、この楽器はGoermansファミリーのJean、またはJacquesによる1764年の楽器。それをTaskinが、原製作者Goermansの存命中に改造、響板を染めて古びさせ、ローズのイニシャルを改竄、ポウ・ド・ビュフル(付録E 下巻p.170参照)と、ひざレバー(ジュヌイエール)を付加、ケースと蓋に再装飾、本物の Couchetダブルと偽って売却したという。Goermansファミリーの楽器は初期フレミッシュ楽器をモデルにしているため、偽作のフレミッシュ楽器として改作しやすかったらしい。名工Taskinも、自他の所属を明確にする意識に乏しかったことになる。
(つづく)
偽作の名器 その一
家喜さんとオリジナル楽器使用CD
芸術行為と無関係な『絶対音感』、音楽家には不評なベスト・セラー本でしたね。
努力至上主義なのに、自分で判断したがらないブランド好きのわが国民は、純粋・純正・絶対・スペシャリスト・才能・プロ等々の言葉が好きで、偽作・偽造・贋作・捏造といった言葉・・・・というより行為・・・が大嫌い。産地偽装・データ捏造・ニセ医者などなど許さないけど、頭下げるとすぐ忘れてあげる。どうやら国民性からくる好きと嫌いは背中あわせの紙一重、メダルの表裏の関係にあるように思います。だから騙されやすい。私ごとき「なんでもあり」を面白がってる人間=ジェネラリストより、「スペシャリスト」がずっと信用される。
ところで、オリジナル現存チェンバロでいい音のものはむしろ少なく、驚いたことに、偽作・贋作ものに素晴らしい音の楽器があったりします。
エディンバラのラッセル・コレクション所蔵、グルマン・タスカン(下)がそのひとつ(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻46/48頁)。
このたび、家喜美子(いえき よしこ)さんがリリースされたCD、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》の録音に使用されました。

この楽器の由来はまことに興味深いものです。
実は「タスカン工房改作」による偽造クラヴサンなのですが「最良の音色」という高い評価を与えられている楽器なのです。
次回から、この楽器のルーツ・素性を紹介したいと思います。
芸術行為と無関係な『絶対音感』、音楽家には不評なベスト・セラー本でしたね。
努力至上主義なのに、自分で判断したがらないブランド好きのわが国民は、純粋・純正・絶対・スペシャリスト・才能・プロ等々の言葉が好きで、偽作・偽造・贋作・捏造といった言葉・・・・というより行為・・・が大嫌い。産地偽装・データ捏造・ニセ医者などなど許さないけど、頭下げるとすぐ忘れてあげる。どうやら国民性からくる好きと嫌いは背中あわせの紙一重、メダルの表裏の関係にあるように思います。だから騙されやすい。私ごとき「なんでもあり」を面白がってる人間=ジェネラリストより、「スペシャリスト」がずっと信用される。
ところで、オリジナル現存チェンバロでいい音のものはむしろ少なく、驚いたことに、偽作・贋作ものに素晴らしい音の楽器があったりします。
エディンバラのラッセル・コレクション所蔵、グルマン・タスカン(下)がそのひとつ(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻46/48頁)。
このたび、家喜美子(いえき よしこ)さんがリリースされたCD、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》の録音に使用されました。

この楽器の由来はまことに興味深いものです。
実は「タスカン工房改作」による偽造クラヴサンなのですが「最良の音色」という高い評価を与えられている楽器なのです。
次回から、この楽器のルーツ・素性を紹介したいと思います。
反行模倣と鍵盤システム
反行模倣の研究
反行とは、あるモチーフやテーマが次例のように反行してできる音型で、反転音型ともいわれます。
≪フーガの技法≫ コントラプンクトゥス V

≪2声インヴェンション≫第1曲Cdurには、模倣ではありませんが主題モチーフの反行型ゼクエンツが多くみられます。
例:ラソファミソファラ・・etc.
パルティータや組曲の≪ジグ≫主題が、後半「反行」して出現することはパターン化していますが、大クープラン作曲の≪ヌーヴォー・コンセール≫第6番、冒頭の旋律とバスが「反行模倣」している曲首はユニークで、ほかにあまり例がないと思います。(≪王宮のコンセール≫同様、クラヴサンのソロでもいいし、旋律楽器と通奏低音で演奏してもいいという曲です)
≪ヌーヴォー・コンセール≫第6番 第1楽章曲首 東京コレギウム刊:リコーダーアンサンブル・シリーズNo.6から

でも、よく見るとクープランの「反行音型」は自由模倣で、第2小節一拍目からは自由に進行、上掲の≪フーガの技法≫ほど枠にはまっていません。18世紀曲はこのように自由な模倣のほうが一般的です。
では、上掲バッハ曲が「厳密な反行」なのかというとそうでもない。先行主題中の長2度音程が短2度だったりしていますね。d moll フーガですとどうしても厳密な反行にはならないのです。
ところが、次例を見て下さい。先行主題中の長2度は長2度で、短2度は短2度でという「厳密な反行」となっています。

おわかりですか?前記鍵盤クイズの解が関係する「Dキイからシンメトリーである鍵盤の構造」によって、ディアトニックなハ長調曲の厳密な反行模倣が作曲できるのです。

上掲譜例は柏木 俊夫 著 『二声対位法 基礎からフーガまで』:東京コレギウムによるものです。この本は、数ある『対位法』指導書のなかでも長・短調モードの定旋律による実習であること、またフーガの作曲技法の手ほどきが具体的でわかりやすく、お勧め本です。
臨時記号を多用すれば、もちろん鍵盤システムに関係なく厳密な反行模倣が作曲できます。次はその例です。
プロイセンの大王に献呈されたバッハ晩年の≪音楽の捧げもの≫にみられる「驚くべき対位法の精華」から、第6曲・2声カノンはいわゆる「謎のカノン」。二重に書かれた音部記号から解読して実施する音楽力が問われます。
≪音楽の捧げもの≫から、第6曲・2声カノン

いかがですか?「謎のカノン」を次のようにリアライズできれば正解です。

下声は、先行声部の厳密な反行模倣になっています。
結論
≪フーガの技法≫や≪音楽の捧げもの≫に限らず、ほとんどのバッハ作品は「見て楽しむ」ことをしないと損しますね。
反行とは、あるモチーフやテーマが次例のように反行してできる音型で、反転音型ともいわれます。
≪フーガの技法≫ コントラプンクトゥス V

≪2声インヴェンション≫第1曲Cdurには、模倣ではありませんが主題モチーフの反行型ゼクエンツが多くみられます。
例:ラソファミソファラ・・etc.
パルティータや組曲の≪ジグ≫主題が、後半「反行」して出現することはパターン化していますが、大クープラン作曲の≪ヌーヴォー・コンセール≫第6番、冒頭の旋律とバスが「反行模倣」している曲首はユニークで、ほかにあまり例がないと思います。(≪王宮のコンセール≫同様、クラヴサンのソロでもいいし、旋律楽器と通奏低音で演奏してもいいという曲です)
≪ヌーヴォー・コンセール≫第6番 第1楽章曲首 東京コレギウム刊:リコーダーアンサンブル・シリーズNo.6から

でも、よく見るとクープランの「反行音型」は自由模倣で、第2小節一拍目からは自由に進行、上掲の≪フーガの技法≫ほど枠にはまっていません。18世紀曲はこのように自由な模倣のほうが一般的です。
では、上掲バッハ曲が「厳密な反行」なのかというとそうでもない。先行主題中の長2度音程が短2度だったりしていますね。d moll フーガですとどうしても厳密な反行にはならないのです。
ところが、次例を見て下さい。先行主題中の長2度は長2度で、短2度は短2度でという「厳密な反行」となっています。

おわかりですか?前記鍵盤クイズの解が関係する「Dキイからシンメトリーである鍵盤の構造」によって、ディアトニックなハ長調曲の厳密な反行模倣が作曲できるのです。

上掲譜例は柏木 俊夫 著 『二声対位法 基礎からフーガまで』:東京コレギウムによるものです。この本は、数ある『対位法』指導書のなかでも長・短調モードの定旋律による実習であること、またフーガの作曲技法の手ほどきが具体的でわかりやすく、お勧め本です。
臨時記号を多用すれば、もちろん鍵盤システムに関係なく厳密な反行模倣が作曲できます。次はその例です。
プロイセンの大王に献呈されたバッハ晩年の≪音楽の捧げもの≫にみられる「驚くべき対位法の精華」から、第6曲・2声カノンはいわゆる「謎のカノン」。二重に書かれた音部記号から解読して実施する音楽力が問われます。
≪音楽の捧げもの≫から、第6曲・2声カノン

いかがですか?「謎のカノン」を次のようにリアライズできれば正解です。

下声は、先行声部の厳密な反行模倣になっています。
結論
≪フーガの技法≫や≪音楽の捧げもの≫に限らず、ほとんどのバッハ作品は「見て楽しむ」ことをしないと損しますね。
ご存知ですか?鍵盤のキイ・システム
鍵盤キイ配列のシンメトリー
鍵盤クイズ前回問題の解
半音階スケールを
ナチュラル・キイはDから
シャープ・キイならG#から
右手上行・左手下行をスタートさせると、左右が同時に幹音・派生音を弾き、指使いも全く同じになります。
ある音型の模倣と鍵盤のキイ・システムが関係ある?
模倣のはなし
音型の単純な「反復」をはじめ、フレーズや動機セグメントの「ゼクエンツ」など、多数ある楽想発展の技法中、ポリフォニーで特に重視されるのが「模倣」です。
フーガの主題(Dux)と応答(Comes)も、フーガの厳格な枠内でおこなわれる模倣に他なりません。
「模倣」技法にもいろいろあって、最も簡単な例は「カエルノウタガー」とか小学唱歌「アーキノユーヒーニー」。「同度の順行模倣によるカノン」ですね。
この曲を、もし変声後の男声と女声に分けて輪唱すればオクターヴ離れますので、「8度の順行模倣によるカノン」という分類になりますが、そこまでこだわるのは対位法の先生くらい。
いろいろある「模倣」のかたちで、よく用いられるのが「反行(反転)模倣」です。
次回から「反行模倣」を調べながら、「厳密な全音階的(クロマチックではない)反行模倣」と上記鍵盤クイズの解が関係することを書いてみたいと思います。
鍵盤クイズ前回問題の解
半音階スケールを
ナチュラル・キイはDから
シャープ・キイならG#から
右手上行・左手下行をスタートさせると、左右が同時に幹音・派生音を弾き、指使いも全く同じになります。
ある音型の模倣と鍵盤のキイ・システムが関係ある?
模倣のはなし
音型の単純な「反復」をはじめ、フレーズや動機セグメントの「ゼクエンツ」など、多数ある楽想発展の技法中、ポリフォニーで特に重視されるのが「模倣」です。
フーガの主題(Dux)と応答(Comes)も、フーガの厳格な枠内でおこなわれる模倣に他なりません。
「模倣」技法にもいろいろあって、最も簡単な例は「カエルノウタガー」とか小学唱歌「アーキノユーヒーニー」。「同度の順行模倣によるカノン」ですね。
この曲を、もし変声後の男声と女声に分けて輪唱すればオクターヴ離れますので、「8度の順行模倣によるカノン」という分類になりますが、そこまでこだわるのは対位法の先生くらい。
いろいろある「模倣」のかたちで、よく用いられるのが「反行(反転)模倣」です。
次回から「反行模倣」を調べながら、「厳密な全音階的(クロマチックではない)反行模倣」と上記鍵盤クイズの解が関係することを書いてみたいと思います。
シュティッヒマスと 演習 3
シュティッヒマス
「オクターヴ・スパン」よりもシュティッヒマス
鍵盤の1オクターヴ分の幅はよく「オクターヴ・スパン」 という用語で示されます。しかしエルンストは、前回ブログで紹介した論文にベルリンのRuckers楽器4台について、3オクターヴ分の幹音キイ幅を示す「シュテイッヒマス」という用語を使用。
オクターヴの幹音キイ幅「オクターヴ・スパン」 ではなく、3オクターヴ分に拡大する「シュテイッヒマス」を使うと、誤差・バラつき等をならすことができるからです。
用語はその後、古鍵盤楽器分野では一般化しました。
参考:現代ピアノのシュテイッヒマスは49.6 cm/17世紀後期イタリアンの例:ca.50 cm/ルッカース:ca.50 cm。(ca.=約)
18世紀の例:1726年クリストフォリca.49.1cm/1769年タスカンca.46.7 cm/1773年シュタインca.47.5 cm/1800年ブロードウッドca.49.0 cm。
タスカンのようにラヴァルマン工作によって、フレミッシュ楽器のオリジナル弦スケール変更をせずに音域を拡大しようとしたフランス工匠の楽器は鍵盤幅を狭くしたので、現代作られる18世紀モデルの鍵盤幅は、ほとんどがピアノより狭いのです。
ここで、復習しましょう。
演習 3
問題
次の鍵盤写真は現代ピアノのものである。

次のオリジナル楽器(チェンバロ)の鍵盤写真A Bを観察して、それぞれをイタリアン鍵盤、フレミッシュ鍵盤に分類しなさい
鍵盤写真A

−−−−−−−−−−シュテイッヒマス 50 cmーーーーーーーーー
鍵盤写真B

−−−−−−−−−シュテイッヒマス 50 cmーーーーー
解答は次回。
ヒント:「幅広のD」がイタリアン。
「オクターヴ・スパン」よりもシュティッヒマス
鍵盤の1オクターヴ分の幅はよく「オクターヴ・スパン」 という用語で示されます。しかしエルンストは、前回ブログで紹介した論文にベルリンのRuckers楽器4台について、3オクターヴ分の幹音キイ幅を示す「シュテイッヒマス」という用語を使用。
オクターヴの幹音キイ幅「オクターヴ・スパン」 ではなく、3オクターヴ分に拡大する「シュテイッヒマス」を使うと、誤差・バラつき等をならすことができるからです。
用語はその後、古鍵盤楽器分野では一般化しました。
参考:現代ピアノのシュテイッヒマスは49.6 cm/17世紀後期イタリアンの例:ca.50 cm/ルッカース:ca.50 cm。(ca.=約)
18世紀の例:1726年クリストフォリca.49.1cm/1769年タスカンca.46.7 cm/1773年シュタインca.47.5 cm/1800年ブロードウッドca.49.0 cm。
タスカンのようにラヴァルマン工作によって、フレミッシュ楽器のオリジナル弦スケール変更をせずに音域を拡大しようとしたフランス工匠の楽器は鍵盤幅を狭くしたので、現代作られる18世紀モデルの鍵盤幅は、ほとんどがピアノより狭いのです。
ここで、復習しましょう。
演習 3
問題
次の鍵盤写真は現代ピアノのものである。

次のオリジナル楽器(チェンバロ)の鍵盤写真A Bを観察して、それぞれをイタリアン鍵盤、フレミッシュ鍵盤に分類しなさい
鍵盤写真A

−−−−−−−−−−シュテイッヒマス 50 cmーーーーーーーーー
鍵盤写真B

−−−−−−−−−シュテイッヒマス 50 cmーーーーー
解答は次回。
ヒント:「幅広のD」がイタリアン。
楽器学演習 2 の解答
解答
ルッカース鍵盤の特徴
現代ピアノとくらべて、派生音キイ同士が寄り添い接近していることがわかりますか?それは、真正ルッカース鍵盤の特徴の一つです。つまり、ミ・ファとシ・ドの間が広い。多くのルッカース楽器は後世、「ラヴァルマン」という音域拡張工作を施され、オリジナル状態のものは希少です。
ルッカース鍵盤のように、指の太い奏者は間に入らないほど「各派生音キィが接近」するキイ・レバーの分割法からくる鍵盤の表情は、同じオリジナル楽器でもイタリアンの鍵盤のそれと違うのです。
手を奥へ入れて派生音キィの間に指を入れると発音のタイミングが狂うなどしますので避ける、というのがチェンバロ奏法のポイントの一つですから不都合のない鍵盤でしたが、やはり制約をうけます。そのため、十八世紀の各国メーカーに影響力をもったルッカース楽器も、鍵盤分割法は一部のドイツ楽器を除き他国へ伝播しなかったようです。
チェンバロをお持ちの方はマイ楽器の鍵盤の作り方を、オリジナル楽器にふれる機会があればその鍵盤の作り方を観察すると見どころがひとつ増えるでしょう。
解説
楽器学演習をルッカース楽器から始めたので「ルッカース鍵盤」と称してきましたが、上記特徴は同時代のアントワープ製楽器の鍵盤様式でしたから、「フレミッシュ鍵盤」といったほうが良いかもしれません。
以下関連説明を、ベルリンのプロイセン文化財団 国立音楽研究所楽器博物館収蔵楽器について書いた文(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻46頁)から加筆・転載します。ベルリンにオリジナル・ルッカースが4台もあること自体珍しい。ハプスブルクの支配下にあったアントワープの名器が、ウィーンの美術史美術館には1台もないのに!!
あてんしょん・ぷりーず
ウイキペディアの美術史美術館の説明は楽器のことが出ていません。その上ウイキペディアの写真にある美術史美術館に楽器はありません。楽器展示館はホーフブルク(新王宮)です。
幅広のD
ベルリンのプロイセン文化財団 国立音楽研究所楽器博物館収蔵のRuckers楽器4台についてFriedrich Ernstが発表した論文‘Four Ruckers harpsichords in Berlin’, GSJ. XX (1967)で、Ruckersのオリジナル鍵盤は、奏者の指が間に入らないほど各派生音キィが接近し、それが真正鍵盤判定の拠り所になっていること、他方、同時代のイタリアの鍵盤は、全DキィのC♯、D♯両キィに挟まれた部分が広い「幅広のD」の特徴があることを指摘した。
Ruckers楽器を伝承した十八世紀のTaskinほか獨、英の工匠達も奏法に制約を受けるRuckers式の鍵盤分割スペーシングは踏襲せず、幅広のDを採用した。例えばウィーンや南独のフォルテピアノも大部分が「幅広のD」で作られ1810年以前のWalterピアノの場合でも、広くなったD音関連分が吸収された均等割りとはせず、幅広のDが奥部のアクションやナット・ピン等弦スペーシングにも及んでいる。
現代製復元楽器では、そのような派生音キィの特徴的スペーシングまでコピーしない場合とする場合がある。
ルッカース鍵盤の特徴
現代ピアノとくらべて、派生音キイ同士が寄り添い接近していることがわかりますか?それは、真正ルッカース鍵盤の特徴の一つです。つまり、ミ・ファとシ・ドの間が広い。多くのルッカース楽器は後世、「ラヴァルマン」という音域拡張工作を施され、オリジナル状態のものは希少です。
ルッカース鍵盤のように、指の太い奏者は間に入らないほど「各派生音キィが接近」するキイ・レバーの分割法からくる鍵盤の表情は、同じオリジナル楽器でもイタリアンの鍵盤のそれと違うのです。
手を奥へ入れて派生音キィの間に指を入れると発音のタイミングが狂うなどしますので避ける、というのがチェンバロ奏法のポイントの一つですから不都合のない鍵盤でしたが、やはり制約をうけます。そのため、十八世紀の各国メーカーに影響力をもったルッカース楽器も、鍵盤分割法は一部のドイツ楽器を除き他国へ伝播しなかったようです。
チェンバロをお持ちの方はマイ楽器の鍵盤の作り方を、オリジナル楽器にふれる機会があればその鍵盤の作り方を観察すると見どころがひとつ増えるでしょう。
解説
楽器学演習をルッカース楽器から始めたので「ルッカース鍵盤」と称してきましたが、上記特徴は同時代のアントワープ製楽器の鍵盤様式でしたから、「フレミッシュ鍵盤」といったほうが良いかもしれません。
以下関連説明を、ベルリンのプロイセン文化財団 国立音楽研究所楽器博物館収蔵楽器について書いた文(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻46頁)から加筆・転載します。ベルリンにオリジナル・ルッカースが4台もあること自体珍しい。ハプスブルクの支配下にあったアントワープの名器が、ウィーンの美術史美術館には1台もないのに!!
あてんしょん・ぷりーず
ウイキペディアの美術史美術館の説明は楽器のことが出ていません。その上ウイキペディアの写真にある美術史美術館に楽器はありません。楽器展示館はホーフブルク(新王宮)です。
幅広のD
ベルリンのプロイセン文化財団 国立音楽研究所楽器博物館収蔵のRuckers楽器4台についてFriedrich Ernstが発表した論文‘Four Ruckers harpsichords in Berlin’, GSJ. XX (1967)で、Ruckersのオリジナル鍵盤は、奏者の指が間に入らないほど各派生音キィが接近し、それが真正鍵盤判定の拠り所になっていること、他方、同時代のイタリアの鍵盤は、全DキィのC♯、D♯両キィに挟まれた部分が広い「幅広のD」の特徴があることを指摘した。
Ruckers楽器を伝承した十八世紀のTaskinほか獨、英の工匠達も奏法に制約を受けるRuckers式の鍵盤分割スペーシングは踏襲せず、幅広のDを採用した。例えばウィーンや南独のフォルテピアノも大部分が「幅広のD」で作られ1810年以前のWalterピアノの場合でも、広くなったD音関連分が吸収された均等割りとはせず、幅広のDが奥部のアクションやナット・ピン等弦スペーシングにも及んでいる。
現代製復元楽器では、そのような派生音キィの特徴的スペーシングまでコピーしない場合とする場合がある。
楽器学演習 2 鍵盤の表情
楽器学演習 2
鍵盤
鍵盤は奏者と楽器が接する重要部分です。
現代ピアノの白鍵、黒鍵の間隔はどの楽器も同じように見えます。チェンバロなど初期鍵盤楽器では、鍵盤の配色がよく話題になりますが、色だけでなくオリジナル楽器の鍵盤の表情は、ピアノのようにどれも同じではありません。
チェンバロのキイは、ピアノよりも「幅が狭い」という程度の理解が一般的ですが、なかには「広い」のもあり、さらに、幹音キイ(英:ナチュラル・キイ)と派生音キイ(英:シャープ・キイ=現代ピアノの黒鍵)の分割・配置法が国別流派によって異なるのです。
用語の整理 「キイ・レバー」 「鍵盤」 「シャープ・キイ」
キイと鍵盤は区別すべき用語です。一本ずつのキイは「キイ・レバー」といいます。現代の標準的ピアノは、それが88本集まって「鍵盤」を構成しています。
派生音キイは異名同音でフラット音もある、と音楽家は考えるでしょうが、楽器用語としては「シャープ・キイ」なのです。
オリジナル・イタリアンのシャープ・キイが低めなので、「キイ・ディップは浅かった」らしいといわれています。そのように、キイ・レバーの配列・仕様・表情から楽器の弾き心地・・昔の奏法などがわかってくるのです。
まず、「まちがい探し」のような観察する問題からです。
問題
(1626)AR(下)の鍵盤の派生音キイの様子は現代ピアノと異なっている。その違いを指摘しなさい。

解答は次回。
鍵盤
鍵盤は奏者と楽器が接する重要部分です。
現代ピアノの白鍵、黒鍵の間隔はどの楽器も同じように見えます。チェンバロなど初期鍵盤楽器では、鍵盤の配色がよく話題になりますが、色だけでなくオリジナル楽器の鍵盤の表情は、ピアノのようにどれも同じではありません。
チェンバロのキイは、ピアノよりも「幅が狭い」という程度の理解が一般的ですが、なかには「広い」のもあり、さらに、幹音キイ(英:ナチュラル・キイ)と派生音キイ(英:シャープ・キイ=現代ピアノの黒鍵)の分割・配置法が国別流派によって異なるのです。
用語の整理 「キイ・レバー」 「鍵盤」 「シャープ・キイ」
キイと鍵盤は区別すべき用語です。一本ずつのキイは「キイ・レバー」といいます。現代の標準的ピアノは、それが88本集まって「鍵盤」を構成しています。
派生音キイは異名同音でフラット音もある、と音楽家は考えるでしょうが、楽器用語としては「シャープ・キイ」なのです。
オリジナル・イタリアンのシャープ・キイが低めなので、「キイ・ディップは浅かった」らしいといわれています。そのように、キイ・レバーの配列・仕様・表情から楽器の弾き心地・・昔の奏法などがわかってくるのです。
まず、「まちがい探し」のような観察する問題からです。
問題
(1626)AR(下)の鍵盤の派生音キイの様子は現代ピアノと異なっている。その違いを指摘しなさい。

解答は次回。
(1626)ARの観察
楽器学演習 1
楽器学的な視点で、ルッカース楽器の観察をしてみましょう。
写真は、前回ブログで予告したO'Brienの記号による(1626)AR フレースハイス博物館蔵です。
(1626)は、n.d.=no dateつまり楽器に製作年記入がないか消えたかなので「推定年」、ARはアンドレアス・ルッカース作の略。
問題 次の長方形フレミッシュ・ヴァージナルの正面写真を見て、得られる情報を挙げなさい。

答
1.全体のサイズと木版の紋様から見て、ルッカース工房製母子ヴァージナルの子ヴァージナル。木版紋様紙のネーム・バテンが当たっていた部分が白みがかっている
母子ヴァージナルの子ヴァージナルとは、カンガルーのように母ヴァージナルのボディ内にある状態で、または母楽器のジャック・レールを外して重ね、母楽器の鍵盤と連動させて二段鍵盤のようにして演奏する構造の小型楽器。ただし子楽器はオクターヴ高い4’音。したがって、本来この楽器のスタンドはなく、蓋もない。
2.英国向け輸出モデル以外の標準的音域は、ショート・オクターヴのC/E〜c3なので最低音から上へ3音のキイは後に追加された音と思われる。よく見ると奥の木部の色が新しい。
3.特に最低Eフラットキイは不自然に太く、最低音Cキイも幅が大きい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ネーム・バテンとは、キイ支点が見えないようネームボードに取り付ける製作年・製作者銘が書かれる薄板。イタリアンにはありません。現代ピアノの鍵盤の蓋内面に書かれるメーカー銘に、その用法が伝承されています。
もともとアントワープ近郊のステルクスホフ銀器博物館にあったこの楽器は傷みがひどかったので、フレースハイス博物館に寄贈、修復して公開されています。
(1626)ARについては拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻99頁をご覧下さい。
ルッカース工房製チェンバロは欧州大陸向けと英国向けのモデルでは音域が異なっていました。そのことと、ショート・オクターヴについては上巻75〜6頁「英国の低音域ロング・オクターヴ・バス」をご覧下さい。フィッツウイリアム・ヴァージナル・ブック等十六世紀英国鍵盤曲の音域と関係があります。
楽器学的な視点で、ルッカース楽器の観察をしてみましょう。
写真は、前回ブログで予告したO'Brienの記号による(1626)AR フレースハイス博物館蔵です。
(1626)は、n.d.=no dateつまり楽器に製作年記入がないか消えたかなので「推定年」、ARはアンドレアス・ルッカース作の略。
問題 次の長方形フレミッシュ・ヴァージナルの正面写真を見て、得られる情報を挙げなさい。

答
1.全体のサイズと木版の紋様から見て、ルッカース工房製母子ヴァージナルの子ヴァージナル。木版紋様紙のネーム・バテンが当たっていた部分が白みがかっている
母子ヴァージナルの子ヴァージナルとは、カンガルーのように母ヴァージナルのボディ内にある状態で、または母楽器のジャック・レールを外して重ね、母楽器の鍵盤と連動させて二段鍵盤のようにして演奏する構造の小型楽器。ただし子楽器はオクターヴ高い4’音。したがって、本来この楽器のスタンドはなく、蓋もない。
2.英国向け輸出モデル以外の標準的音域は、ショート・オクターヴのC/E〜c3なので最低音から上へ3音のキイは後に追加された音と思われる。よく見ると奥の木部の色が新しい。
3.特に最低Eフラットキイは不自然に太く、最低音Cキイも幅が大きい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ネーム・バテンとは、キイ支点が見えないようネームボードに取り付ける製作年・製作者銘が書かれる薄板。イタリアンにはありません。現代ピアノの鍵盤の蓋内面に書かれるメーカー銘に、その用法が伝承されています。
もともとアントワープ近郊のステルクスホフ銀器博物館にあったこの楽器は傷みがひどかったので、フレースハイス博物館に寄贈、修復して公開されています。
(1626)ARについては拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻99頁をご覧下さい。
ルッカース工房製チェンバロは欧州大陸向けと英国向けのモデルでは音域が異なっていました。そのことと、ショート・オクターヴについては上巻75〜6頁「英国の低音域ロング・オクターヴ・バス」をご覧下さい。フィッツウイリアム・ヴァージナル・ブック等十六世紀英国鍵盤曲の音域と関係があります。
現存ルッカース楽器のO’Brienカタログ
現存ルッカース楽器の記号化
名器ルッカース楽器は、前回ブログでふれたGrant O’Brienの研究によって明らかにされました。
現在O’Brienは、エディンバラのラッセル・コレクションを辞して研究と製作を続けています。しばらく、イタリアンの中でも特徴的なナポリ楽器について研究していましたが、最近モーツァルト少年がイタリア旅行で弾いたであろうチェンバロの再現製作をしています。
1990年当時、同コレクションで学芸員をしていた頃書かれたドクター論文に、残存ルッカース楽器のカタログを含めました。
そのカタログは、製作された西暦年と記号化した製作者名でまとめられ、たとえばブリュッセル楽器博物館蔵のIoannes Ruckersによる1638年作は、同年作が複数現存しているので、1638のあとa,b,c・・・で区別し、
1638aIR
とする簡潔な表記でした。
楽器に製作年の記入がなくても、O’Brienの手法で編年解釈された製作年は(カッコ)で示されます。
そして、ルッカース・ファミリーの初代Hans、それに長男Ioannes、二男Andreasと甥のIoannes Couchetの楽器はそれぞれHans作がHR、Ioannes作はIR、Andreas作はAR、Ioannes Couchet作はICとする記号でした。
ちなみに、
1638bIR
は、改造痕が少なく貴重なオリジナルの鍵盤メカが残る国宝級のトランスポージング・ダブルという「上下鍵盤音名が4度ずれた楽器」で、いまラッセル・コレクションにあります。
1638aIRは拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻102頁、1638bIRは上巻47頁、上・下鍵盤音名が4度ずれた楽器について興味のある方は下巻180頁「Ruckers楽器のサイズとピッチ」を、真贋鑑別と編年判定の拠りどころ=R番号に関するO’Brienの手法については、上・下巻の「はじめに」をご覧下さい。
ナポリ楽器の特徴については上巻104頁、そのピッチについては下巻179頁をご覧下さい。
次回はフレースハイス博物館の
(1626)AR
を観察します。
名器ルッカース楽器は、前回ブログでふれたGrant O’Brienの研究によって明らかにされました。
現在O’Brienは、エディンバラのラッセル・コレクションを辞して研究と製作を続けています。しばらく、イタリアンの中でも特徴的なナポリ楽器について研究していましたが、最近モーツァルト少年がイタリア旅行で弾いたであろうチェンバロの再現製作をしています。
1990年当時、同コレクションで学芸員をしていた頃書かれたドクター論文に、残存ルッカース楽器のカタログを含めました。
そのカタログは、製作された西暦年と記号化した製作者名でまとめられ、たとえばブリュッセル楽器博物館蔵のIoannes Ruckersによる1638年作は、同年作が複数現存しているので、1638のあとa,b,c・・・で区別し、
1638aIR
とする簡潔な表記でした。
楽器に製作年の記入がなくても、O’Brienの手法で編年解釈された製作年は(カッコ)で示されます。
そして、ルッカース・ファミリーの初代Hans、それに長男Ioannes、二男Andreasと甥のIoannes Couchetの楽器はそれぞれHans作がHR、Ioannes作はIR、Andreas作はAR、Ioannes Couchet作はICとする記号でした。
ちなみに、
1638bIR
は、改造痕が少なく貴重なオリジナルの鍵盤メカが残る国宝級のトランスポージング・ダブルという「上下鍵盤音名が4度ずれた楽器」で、いまラッセル・コレクションにあります。
1638aIRは拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻102頁、1638bIRは上巻47頁、上・下鍵盤音名が4度ずれた楽器について興味のある方は下巻180頁「Ruckers楽器のサイズとピッチ」を、真贋鑑別と編年判定の拠りどころ=R番号に関するO’Brienの手法については、上・下巻の「はじめに」をご覧下さい。
ナポリ楽器の特徴については上巻104頁、そのピッチについては下巻179頁をご覧下さい。
次回はフレースハイス博物館の
(1626)AR
を観察します。
あとだし説明(その三)
音色と楽曲
あとだし説明(その二)では、当時のウィーン・ピアノのバス音とBeethovenの用法研究をしました。今回は音色研究です。
ピアノの発達史では音域の拡大がよく注目されます。しかし、前回書きました独系ウィーン・ピアノと英系ピアノの高音域の音色上の特色と楽曲の関係も注目すべきではないでしょうか。
チェンバロの経験からすると、高音への音域拡大は成功しやすいようですが、もし拡大された音域がつまらない音だったら、作曲家はその音を使う気がしなかったでしょう。チェンバロの場合、最低音から上へ2,3の音はそのきらいがあって、その音は基音が満足に響かず、「捨て石」になっている例も少なくありません。
Beethovenのエラール・ピアノの鍵盤改善工作歴からみると、主にタッチ・ウエイトの軽量化が目的で、Beethovenはエラール・ピアノの高音域の音色には未練を残しながらウィーン・ピアノに復帰したのではないでしょうか。1814年、ブロードウッド・ピアノを署名入りで、英国在の崇拝者たちから寄贈されたとき大変喜び、誰にも弾かせなかったそうです。
英系ピアノとの再会が嬉しかったということは、寄贈者の気持ちが嬉しかったと同時に、エラール体験後、英系の「響き」との再会が嬉しかったのではないでしょうか。
1823年、Ignaz Moscheres(モシェレス1794-1870)はウィーンのケルントナートーア劇場でコンサートを開催、GrafピアノとBroadwoodピアノの2台をならべ、演奏しました。
のちにMoscheresは、
「Broadwoodピアノは覆われたような音色だった。私は自作の《ファンタジア》で幅広いたっぷりした表現をしようと試みた…しかし徒労であった。わがウィーンの聴衆は同郷人に忠実であり続け、…鳴り響く透明なGrafピアノのほうが、より心地良かったのだ…」
と、両楽器の音色の違いを回想していますので、Beethovenの1814年のブロードウッド・ピアノから約10年後のウィーン・ピアノの高音はかなり明るくなっていたのでしょう。
Beethovenが1827年に死去して遺品となったグラーフ・ピアノは、1824年製です。終の棲家の書斎には、3年間使ったGrafピアノと13年間使ったBroadwoodピアノの2台が残されました。
あとだし説明(その二)では、当時のウィーン・ピアノのバス音とBeethovenの用法研究をしました。今回は音色研究です。
ピアノの発達史では音域の拡大がよく注目されます。しかし、前回書きました独系ウィーン・ピアノと英系ピアノの高音域の音色上の特色と楽曲の関係も注目すべきではないでしょうか。
チェンバロの経験からすると、高音への音域拡大は成功しやすいようですが、もし拡大された音域がつまらない音だったら、作曲家はその音を使う気がしなかったでしょう。チェンバロの場合、最低音から上へ2,3の音はそのきらいがあって、その音は基音が満足に響かず、「捨て石」になっている例も少なくありません。
Beethovenのエラール・ピアノの鍵盤改善工作歴からみると、主にタッチ・ウエイトの軽量化が目的で、Beethovenはエラール・ピアノの高音域の音色には未練を残しながらウィーン・ピアノに復帰したのではないでしょうか。1814年、ブロードウッド・ピアノを署名入りで、英国在の崇拝者たちから寄贈されたとき大変喜び、誰にも弾かせなかったそうです。
英系ピアノとの再会が嬉しかったということは、寄贈者の気持ちが嬉しかったと同時に、エラール体験後、英系の「響き」との再会が嬉しかったのではないでしょうか。
1823年、Ignaz Moscheres(モシェレス1794-1870)はウィーンのケルントナートーア劇場でコンサートを開催、GrafピアノとBroadwoodピアノの2台をならべ、演奏しました。
のちにMoscheresは、
「Broadwoodピアノは覆われたような音色だった。私は自作の《ファンタジア》で幅広いたっぷりした表現をしようと試みた…しかし徒労であった。わがウィーンの聴衆は同郷人に忠実であり続け、…鳴り響く透明なGrafピアノのほうが、より心地良かったのだ…」
と、両楽器の音色の違いを回想していますので、Beethovenの1814年のブロードウッド・ピアノから約10年後のウィーン・ピアノの高音はかなり明るくなっていたのでしょう。
Beethovenが1827年に死去して遺品となったグラーフ・ピアノは、1824年製です。終の棲家の書斎には、3年間使ったGrafピアノと13年間使ったBroadwoodピアノの2台が残されました。
あとだし説明(その二)
バスの豊かなドイツ系ピアノでも「密集和音バス」のBeethoven
Chopinの≪エチュード 作品25−10 ロ短調≫の冒頭は、Chopinの激情を思わせるバスの「動き」であって、「密集和音」のバスではありませんし、重低音の動きの輪郭をはっきりさせる両手オクターヴの重複もあります。密集和音のバスはChopin作品ではまずお目にかかれないBeethoven作品に特徴的なもののひとつです。当時のウィーン・ピアノの透明な(軽い)低音にBeethovenが「ある要求」をしたのです。
多くの初期のドイツ・ピアノやウィーン・ピアノのバス音は英国ピアノより豊かでしたが、さらに低音を重々しく響かせたいBeethovenの要求には応えられなかったようで、Beethovenは重さを付加するための特徴的なバス音の密集書法を用いたと説明されます。低音域の音色上の特徴が作品に投影されているのです。
ほとんどの現代ピアノの最低音域は「音程」がはっきりしませんし、フルコンも迫力と重量感はあっても、当時のウィーン・ピアノより濁り気味のバスなので、自作品の密集バス和音が演奏されるとBeethovenは満足するでしょうか。
現代のベーゼンドルファー
スタインウェイに劣らず人気のベーゼンドルファー。バッハ=小川・式に面白がって直訳すると、ナなんと「悪い村人」。「ウィーン・ピアノの伝統を継承」というイメージ波及もなされますが、現代のベーゼンドルファーはアクションはいうまでもなく音響設計も、本ブログでとりあげてきた「ウィーン古典期のピリオド楽器としてのウィーン・ピアノ」のコンセプトとは全く繋がりませんのでご注意ください。
ヤマハとの新しい関係がどう展開するか興味津津です。
(つづく)
Chopinの≪エチュード 作品25−10 ロ短調≫の冒頭は、Chopinの激情を思わせるバスの「動き」であって、「密集和音」のバスではありませんし、重低音の動きの輪郭をはっきりさせる両手オクターヴの重複もあります。密集和音のバスはChopin作品ではまずお目にかかれないBeethoven作品に特徴的なもののひとつです。当時のウィーン・ピアノの透明な(軽い)低音にBeethovenが「ある要求」をしたのです。
多くの初期のドイツ・ピアノやウィーン・ピアノのバス音は英国ピアノより豊かでしたが、さらに低音を重々しく響かせたいBeethovenの要求には応えられなかったようで、Beethovenは重さを付加するための特徴的なバス音の密集書法を用いたと説明されます。低音域の音色上の特徴が作品に投影されているのです。
ほとんどの現代ピアノの最低音域は「音程」がはっきりしませんし、フルコンも迫力と重量感はあっても、当時のウィーン・ピアノより濁り気味のバスなので、自作品の密集バス和音が演奏されるとBeethovenは満足するでしょうか。
現代のベーゼンドルファー
スタインウェイに劣らず人気のベーゼンドルファー。バッハ=小川・式に面白がって直訳すると、ナなんと「悪い村人」。「ウィーン・ピアノの伝統を継承」というイメージ波及もなされますが、現代のベーゼンドルファーはアクションはいうまでもなく音響設計も、本ブログでとりあげてきた「ウィーン古典期のピリオド楽器としてのウィーン・ピアノ」のコンセプトとは全く繋がりませんのでご注意ください。
ヤマハとの新しい関係がどう展開するか興味津津です。
(つづく)
ラウテンクラヴィーア(その二)
ラウテンクラヴィーアってなに? (前回からの続き)

山田氏製作のラウテンクラヴィーア
この際ですから、バッハ研究の一端として、ラウテンクラヴィーア関連を少し詳しく調べてみました。しかし、資料の背景はこのブログではお伝えしきれないくらい奥が深いようです。
ガット弦使用楽器の記録
ガット弦使用鍵盤楽器については、古くは1511年のヴィルドゥンク著『ドイツの音楽』に鍵盤楽器とは断定できないがHarfentive(ハルフェンティーフ)という名で記述があり、伊[1611年のバンキエルリのレポ中の楽器名はarpicordo leutato(リュタート)、仏人製作者Michel de Hodes(ミシェル・ドゥオード)の呼称ではarpitarrone/arpichitarrone]・仏[1778年の百科全書]・英 [ボアルチによると1720年、ケンブリッジのペンブロークで、ロングフェロー氏作のガット弦ハープシコード・・・]など200年にわたる記録がある。
十八世紀ドイツでは、大バッハや周辺の音楽家達と「楽器ラウテンクラヴィーアとその楽曲」の関わりが明らかなのに、楽器も図像も残っていない。
当時のこの楽器の工匠名としてJohann Christoph Fleischer(フライシャー)、Zacharias Hildebrandt、大Bachの又従兄弟であるJohan Nicolaus Bach等が知られている。そのJ. N. Bachは、リュートの音色は模倣できても強弱表現能力は真似ることができないという障壁を、鍵盤の段数を増やすことで少しでも乗り越えようと努力したという。
20世紀の研究
ラッセル著『ハープシコードとクラヴィコード(p.104)』には
「1718年、J. C. Fleischerは、ガット弦による2列のレジスターを備えるLautenclavecin(リュートクラヴサン) と、ガット弦2列、金属弦1列のレジスターをもつ Theorbenflugel(テオルベンフリューゲル) を発明した」。
ハバード著『ハープシコード製作の三世紀(p.327〜30) 』には関連記録紹介が詳しい。そのなかに、「J.Gleichmannもリュート・チェンバロを製作した、とAdlung(アードルンク)が1768年に述べている」とある。また、ハバードは下記『…報告書』の引き写しらしい Walther(ヴァルター)、による1732年の『音楽辞典Musicalisches Lexicon 』を引用して、「Fleischerは非常に経験豊かな製作家で…彼は16' のテオルボフリューゲルと、8' のリュートクラヴィ−アを[作った]…。前者は、ガット弦が2列と金属弦1列の3レジスター、後者はガット弦による二つの8' クワイアを備えていた(ハバード本から重訳:野村)」。
このように、二十世紀半ばから有名なラッセルとハバードの2大著書によっても話題提供はなされていた。
その後の参考資料として、H. Furgason, "Bach's Lautenwerck", 1967/MGG執筆者U. Henning, "The Most Beautiful among the Claviers", 1982 等がある。
バッハ楽器再現の拠りどころ
初めてドイツでの具体的な楽器仕様が、1718年の『自然=、医薬=これに属す技術、文献などの報告書Sammlung Natur…』のなかで、J. C. Fleischer作楽器について書かれた。それによると、8' のガット弦2列、C〜c1が4'、後ろへ向かって丸くいくらか楕円形。のちの、Adlung(1758/68)によれば「短縮された翼型、楕円または他の型、底板と響板の間にリュートの湾曲部を取り入れると響きが良くなるように思える・・・、鍵盤は1段〜3段」。
そのような「8' 楽器」を現代の用語では、リュート・チェンバロ/ラウテンクラヴィーア/ラウテンヴェルクという。
ガット弦使用の「16' 楽器」はテオルベンフリューゲル/テオルボフリューゲルといい上記『…報告書』によれば「通常のチェンバロと同様だが円錐形または円筒形」という不思議な説明。
テオルベンフリューゲルの16' について山田氏の見解は
「ヘルツ数が半分になる本来的なものと情感的な呼称、つまりオルガン鍵盤Cをこえて低域まで行くというコントラ域の16' があるのでは?という疑念が生じました。引っかかるのは16' ではなく、6' の印字。16' の説明はたしかにラウテンクラヴィーアでチェンバロの先駆となりました。それに気づいて論を進めることさえ真面目に考えましたが、証明でき ません」。
まとめ
ラウテンクラヴィーア関連は、十八世紀初期ドイツで存在した証明ができるのに、山田氏によるとそれらが「非常に断片的な知識」、少数の「文献は欠点や矛盾に満ち・・再現活動の際は常に仮説の域・・」となる分野であることがわかってきました。しかし、ヴァイオリンソナタBWV1003由来のチェンバロ編曲BWV1006aのような、親しまれてきた作品が考察対象にもなる分野でもあります。
いま、BWV995〜1000/1006aはリュート曲として分類され、ギターやリュート分野の演奏家にとっても魅力ある作品になっています。 たとえば、著者の手元にあるCD≪江間常夫ギター・リサイタル≫(ビクターPRCD-5005)には、BWV995が他のギター曲とともに収録されています。勿論、チェンバロでのコンサートや録音に取り上げられることもあります。
山田氏作楽器によるCD録音計画は目下進行中ということです。
筆者の感想
ドイツ十八世紀はじめのこの楽器にまつわる経緯は、当時のドイツで楽器リュートの辿る運命、音楽家の トレンド、 ファッション、 価値観等を示唆しているように思われます。さらに、モーツァルトの少年時代までクラヴサンに固執したフランス人とは対照的に、オルガンはもとよりクラヴィコードも愛好し、早くからピアノの改良普及の努力も惜しまなかったドイツ人の「楽器にこだわらない」姿勢も窺えます。
バッハの上記作品群が、前回既述した弟子Krebsによる写譜本の表書きにあるように、ラウテンヴェルクのためのオリジナル曲であるならば、やは り、成功した再現楽器で聴ける機会が増えてほ しいと思います。

山田氏製作のラウテンクラヴィーア
この際ですから、バッハ研究の一端として、ラウテンクラヴィーア関連を少し詳しく調べてみました。しかし、資料の背景はこのブログではお伝えしきれないくらい奥が深いようです。
ガット弦使用楽器の記録
ガット弦使用鍵盤楽器については、古くは1511年のヴィルドゥンク著『ドイツの音楽』に鍵盤楽器とは断定できないがHarfentive(ハルフェンティーフ)という名で記述があり、伊[1611年のバンキエルリのレポ中の楽器名はarpicordo leutato(リュタート)、仏人製作者Michel de Hodes(ミシェル・ドゥオード)の呼称ではarpitarrone/arpichitarrone]・仏[1778年の百科全書]・英 [ボアルチによると1720年、ケンブリッジのペンブロークで、ロングフェロー氏作のガット弦ハープシコード・・・]など200年にわたる記録がある。
十八世紀ドイツでは、大バッハや周辺の音楽家達と「楽器ラウテンクラヴィーアとその楽曲」の関わりが明らかなのに、楽器も図像も残っていない。
当時のこの楽器の工匠名としてJohann Christoph Fleischer(フライシャー)、Zacharias Hildebrandt、大Bachの又従兄弟であるJohan Nicolaus Bach等が知られている。そのJ. N. Bachは、リュートの音色は模倣できても強弱表現能力は真似ることができないという障壁を、鍵盤の段数を増やすことで少しでも乗り越えようと努力したという。
20世紀の研究
ラッセル著『ハープシコードとクラヴィコード(p.104)』には
「1718年、J. C. Fleischerは、ガット弦による2列のレジスターを備えるLautenclavecin(リュートクラヴサン) と、ガット弦2列、金属弦1列のレジスターをもつ Theorbenflugel(テオルベンフリューゲル) を発明した」。
ハバード著『ハープシコード製作の三世紀(p.327〜30) 』には関連記録紹介が詳しい。そのなかに、「J.Gleichmannもリュート・チェンバロを製作した、とAdlung(アードルンク)が1768年に述べている」とある。また、ハバードは下記『…報告書』の引き写しらしい Walther(ヴァルター)、による1732年の『音楽辞典Musicalisches Lexicon 』を引用して、「Fleischerは非常に経験豊かな製作家で…彼は16' のテオルボフリューゲルと、8' のリュートクラヴィ−アを[作った]…。前者は、ガット弦が2列と金属弦1列の3レジスター、後者はガット弦による二つの8' クワイアを備えていた(ハバード本から重訳:野村)」。
このように、二十世紀半ばから有名なラッセルとハバードの2大著書によっても話題提供はなされていた。
その後の参考資料として、H. Furgason, "Bach's Lautenwerck", 1967/MGG執筆者U. Henning, "The Most Beautiful among the Claviers", 1982 等がある。
バッハ楽器再現の拠りどころ
初めてドイツでの具体的な楽器仕様が、1718年の『自然=、医薬=これに属す技術、文献などの報告書Sammlung Natur…』のなかで、J. C. Fleischer作楽器について書かれた。それによると、8' のガット弦2列、C〜c1が4'、後ろへ向かって丸くいくらか楕円形。のちの、Adlung(1758/68)によれば「短縮された翼型、楕円または他の型、底板と響板の間にリュートの湾曲部を取り入れると響きが良くなるように思える・・・、鍵盤は1段〜3段」。
そのような「8' 楽器」を現代の用語では、リュート・チェンバロ/ラウテンクラヴィーア/ラウテンヴェルクという。
ガット弦使用の「16' 楽器」はテオルベンフリューゲル/テオルボフリューゲルといい上記『…報告書』によれば「通常のチェンバロと同様だが円錐形または円筒形」という不思議な説明。
テオルベンフリューゲルの16' について山田氏の見解は
「ヘルツ数が半分になる本来的なものと情感的な呼称、つまりオルガン鍵盤Cをこえて低域まで行くというコントラ域の16' があるのでは?という疑念が生じました。引っかかるのは16' ではなく、6' の印字。16' の説明はたしかにラウテンクラヴィーアでチェンバロの先駆となりました。それに気づいて論を進めることさえ真面目に考えましたが、証明でき ません」。
まとめ
ラウテンクラヴィーア関連は、十八世紀初期ドイツで存在した証明ができるのに、山田氏によるとそれらが「非常に断片的な知識」、少数の「文献は欠点や矛盾に満ち・・再現活動の際は常に仮説の域・・」となる分野であることがわかってきました。しかし、ヴァイオリンソナタBWV1003由来のチェンバロ編曲BWV1006aのような、親しまれてきた作品が考察対象にもなる分野でもあります。
いま、BWV995〜1000/1006aはリュート曲として分類され、ギターやリュート分野の演奏家にとっても魅力ある作品になっています。 たとえば、著者の手元にあるCD≪江間常夫ギター・リサイタル≫(ビクターPRCD-5005)には、BWV995が他のギター曲とともに収録されています。勿論、チェンバロでのコンサートや録音に取り上げられることもあります。
山田氏作楽器によるCD録音計画は目下進行中ということです。
筆者の感想
ドイツ十八世紀はじめのこの楽器にまつわる経緯は、当時のドイツで楽器リュートの辿る運命、音楽家の トレンド、 ファッション、 価値観等を示唆しているように思われます。さらに、モーツァルトの少年時代までクラヴサンに固執したフランス人とは対照的に、オルガンはもとよりクラヴィコードも愛好し、早くからピアノの改良普及の努力も惜しまなかったドイツ人の「楽器にこだわらない」姿勢も窺えます。
バッハの上記作品群が、前回既述した弟子Krebsによる写譜本の表書きにあるように、ラウテンヴェルクのためのオリジナル曲であるならば、やは り、成功した再現楽器で聴ける機会が増えてほ しいと思います。
ラウテンクラヴィーア (その一)
ラウテンクラヴィーアってなに?
という質問がありましたので、以下に山田貢氏にもチェックして頂いた「事典的解説」を二回に分けてご覧頂きます。
リュート・チェンバロ / リュート・ハープシコード / ラウテンクラヴィーア / ラウテンヴェルク
英) lute harpsichord 佛) clavecin luth 独) Lautenklavier / Lautenwerck/Lautenklavecimbel 蘭) Latenklavicymbel 伊) arpicordo leutato
リュートの音色を得るため、ガット弦を使用したチェンバロの楽器名。モデルによって備わるナザールな音色レジスターの「リュート・ストップ」とは無関係。
往時のドイツ人音楽家の興味を惹いた楽器で、
1750年、大Bachの死去に伴う遺産目録にも記録されながら残存していないため、復元にあたって現代の研究家や製作家の試論・試行が種々みられる。それらの中には通常のチェンバロ型ばかりでなく長方形、楕円形、あるいは響板から下がリュートのように半球形であるなど、形状や用弦のレイアウトが多様。
我が国でも、綿密な考証と張力計算に基づいた復元製作(山田 貢 『バッハとラウテンクラヴィーア』 シンフォニア出版) と、再現楽器による演奏会が開催された。
Bachの遺産目録には、この楽器を示す綴りの'Lautenwerck’が二台、各30ターラーの評価額で記録されている。Bachの弟子Agricola(アグリコーラ)によれば、Zacharias Hildebrandt(ヒルデブラント)作の楽器であるという。また、組曲ホ短調 BWV 996の自筆譜は失われているが、Bachの弟子Krebs(クレープス)による写譜本の表書きに'Preludio con la Svite / da / Gio:Bast.Bach./aufs Lauten Werck'とあり、この楽器のためのオリジナル曲である旨記されている。
この事からもわかるように、のちにAdlung(アードルンク)が「全ての鍵盤楽器中、オルガンについで美しい音…なぜなら音色ばかりか、音域やデリカシーもリュートを模しているから」(Musica mechanica organoedi, 1725-7年脱稿、1768年死後出版) と賛美することになるこの楽器に、Bachを含む十八世紀前半のドイツ人音楽家たちは大きい興味を示した。(続く)
という質問がありましたので、以下に山田貢氏にもチェックして頂いた「事典的解説」を二回に分けてご覧頂きます。
リュート・チェンバロ / リュート・ハープシコード / ラウテンクラヴィーア / ラウテンヴェルク
英) lute harpsichord 佛) clavecin luth 独) Lautenklavier / Lautenwerck/Lautenklavecimbel 蘭) Latenklavicymbel 伊) arpicordo leutato
リュートの音色を得るため、ガット弦を使用したチェンバロの楽器名。モデルによって備わるナザールな音色レジスターの「リュート・ストップ」とは無関係。
往時のドイツ人音楽家の興味を惹いた楽器で、
1750年、大Bachの死去に伴う遺産目録にも記録されながら残存していないため、復元にあたって現代の研究家や製作家の試論・試行が種々みられる。それらの中には通常のチェンバロ型ばかりでなく長方形、楕円形、あるいは響板から下がリュートのように半球形であるなど、形状や用弦のレイアウトが多様。
我が国でも、綿密な考証と張力計算に基づいた復元製作(山田 貢 『バッハとラウテンクラヴィーア』 シンフォニア出版) と、再現楽器による演奏会が開催された。
Bachの遺産目録には、この楽器を示す綴りの'Lautenwerck’が二台、各30ターラーの評価額で記録されている。Bachの弟子Agricola(アグリコーラ)によれば、Zacharias Hildebrandt(ヒルデブラント)作の楽器であるという。また、組曲ホ短調 BWV 996の自筆譜は失われているが、Bachの弟子Krebs(クレープス)による写譜本の表書きに'Preludio con la Svite / da / Gio:Bast.Bach./aufs Lauten Werck'とあり、この楽器のためのオリジナル曲である旨記されている。
この事からもわかるように、のちにAdlung(アードルンク)が「全ての鍵盤楽器中、オルガンについで美しい音…なぜなら音色ばかりか、音域やデリカシーもリュートを模しているから」(Musica mechanica organoedi, 1725-7年脱稿、1768年死後出版) と賛美することになるこの楽器に、Bachを含む十八世紀前半のドイツ人音楽家たちは大きい興味を示した。(続く)
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