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連載4  昔のピッチについて 

               無題
 
プレトリゥスの記述から
 ミヒャエル・プレトリゥス(上)は、高めのカマートン(a1=約455Hz)の用法を唱えましたが(1619年)、低いルネサンス・ピッチすなわち彼のコアートン(a1=約410Hz)についても書き、大型楽器は、彼のカマートンまたはa1=約362Hz(現代のa1より3半音低いF♯相当)であると明記しています。さらに、「昔の英国と、今でもオランダでは、ほとんどの管楽器は我々のカマートンより短三度低い。アントワープの素晴らしい楽器工匠・ボスJohannes Bossus(=Hans Bos 上巻p.26/下巻p.127/128/148)は、大部分のチェンバロとスピネットを当地のオルガンと同じような低いピッチで作っている」と記しており、当時、アントワープ製のチェンバロやオルガンは低ピッチであったとみられます。

ピッチの変動期
 プレトリゥス時代の十七世紀初期、ピッチは変動期を迎え、派生音を使う曲が流行し始め、イタリアのモデルは短い弦長への改造が進み、 ルッカース楽器特有のトランスポージング・ダブルのように、鍵盤メカニズムを変えてまでして実行された調性システムへの対応は旧式となり、1630年頃以降、多くの初期イタリアンが「1✕8'」あるいは「1✕4' +1✕8'」から「2✕8'」に改造されました。その仕様改造要求は、モードによる線的書法(対位法的)楽曲から通奏低音奏法へ移行した時代の流れも関連していたようです。現存トランスポージング・ダブルの最終製作年は1646 年(下巻p.75/104) です。

文中、上巻・下巻.とあるのは東京コレギウム刊の拙著『オリジナル楽器便覧』上巻・下巻の略。


つづく

チェンバロのお披露目コンサート

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  9月23日(日)はアンサンブル・シェーンフェルトの練習日。私・野村の新作スピネット(上)のお披露目と、それを使う団員によるミニ・コンサートを開きました。

前回のお披露目 http://tokyocollegium.blog110.fc2.com/blog-entry-562.html ではミニ・コンサートをしませんでしたが、転用したフランス語のモットーを勉強しました。

 今回転用したモットーはラテン語の二つ。いずれも音楽の素晴らしさを詠んだものです。

MVSICA DONVM DEI (音楽は神の贈りもの) 

           と、               1521モットー クリックで拡大


 このあとのモットーの書かれたオリジナル楽器は、かつて世界最古のイタリアンとみなされていたロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館 蔵、1521にローマで製作された Hieronymus, Bononiensis 一段 です(下)。 クリックで拡大

15211.jpg  インナー・アウターの前蓋を開けて正面から二行連詩を見ると(下)。
 15212.jpg

  ASPICITE VT TRAHITVR SVAVI MODVLAMINE VOCIS
   QVICQVID HABENT AER SIDERE TERRA FRETVM

     HIERONIMVS BONONIENSIS FACIEBAT ROMAE MDXXI

   見よ 妙なる楽の音でいかに感動するかを
  天空 星 大地 海洋につながるもの全てが

     1521年 ローマにて Hieronimus Bononiensis製作

「かつて世界最古のイタリアンとみなされていた」事情は、別著『チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』― 上巻69頁 に注目楽器として既述してあります。ところが、その後イタリアのシエナ、キージ音楽アカデミーで更に古い楽器が発見されます。解説の一部を以下に引用します。

 因みに、D. Wraightの報告(‘Vincentius and the eariest harpsichord’, Early Music Vol. 14 (1986), Nov. p.534.)によれば、1515-16, Vincentius、つまりVincentiusによって「1515年9月18日に作り始めた」と響板裏面に記入され、現音域C, D ~ d3 の2× 8' 一段鍵盤チェンバロ(オリジナルはC/E~f3 音域、1x8'  伊 シエナ、キージ音楽アカデミーAcademia Chigiana蔵⇨Wa. p.91)が、今のところ作者・製作年の記銘された最古楽器。
 最初期残存チェンバロがイタリアのものと思われがちだが、出自・製作年が明らかなものはそうであっても、チェンバロの起源は『アルノー手稿(1440年頃‥下巻p.37 参照)』或いは1480年頃のクラヴィチテリウム(南獨製?ロンドン;王立音楽大学蔵 上巻p.66 参照)の存在からみてアルプス以北らしい。

 同ページの「《メモ》イタリアンの弦長スケール・弦材・ピッチ」も、小ブログ連載中の「昔のピッチについて」と関連していますのでご参照下さい。
 古楽器研究シリーズ 5  『チェンバロ クラヴィコード関係用語集』 285頁 には、チェンバロやクラヴィコードで用いられたモットーを紹介してあります。
 上記文中、上巻下巻とあるのは、東京コレギウム刊の拙著『オリジナル楽器便覧』の上下巻の略記です。

      


つくば バッハの森でピリオド・ピアノのコンサート

岩村かおるさんには 2005年、デン・ハーグのへメンテ博物館で遭遇しました。
ハーグの 博物館学芸員は当時、フォルテピアノの研究で名高いラッチャム氏。アーリー・ミュージック誌上の論争はなかなか迫力のあるものでした。論点は

 「ワルター・ピアノについているダンパー上げ膝レバーはモーツァルトの生前からのものか死後つけたものか」

ウィーンのエヴァ・バドゥラ・スコダ VS ラッチャム学芸員。

その要約は小ブログ、

http://tokyocollegium.blog110.fc2.com/blog-entry-25.html

を御覧下さい。
 
 岩村かおるさんは、ラッチャム氏に指導を受ける立場でへメンテ博物館へ、そこへ偶然私・野村がある調査で行き合わせたわけです。ある調査とは、60年もへメンテが収蔵していた偽造イタリアンが放出されて浜松の楽器博物館の収蔵品になった経緯を調べるためです。上記、エヴァ・バドゥラ・スコダ との論争をラッチャム氏からの視点で伺うことも目的でした。

さて、岩村さんとしばらく無音でしたが、つくばでコンサートを開く旨、先日メールが来信しました。

 「 皆さま、 オランダはもう19度の日もちらほらあり、グレーの長い冬越しに備えて、太陽に照らされる日向がすでに恋しいです。
  この秋、10月21日につくば市のバッハの森という所でリサイタルをさせて頂ける運びとなりました。音楽学者で、オルガニストの奥様をお持ちだった方が、個人の敷地にオルガンを備えるために建てた、まるで教会のような奏楽堂です。ここは「バッハの森」という名で、地元ではバッハの音楽愛好家の集まりなどで知られています。

日時:2018年10月21日(日)
開演:2時半(2時開場)
場所:「バッハの森」
住所:つくば市東光台2−7−9

プログラム:ベートーヴェン、デュセック、フィールド、クレメンティ
エグベルツ「フォルテピアノのためのインベンション」日本初演

 オリジナルのピアノを運び込んでの、ソロリサイタルです。 手中に収まるようなピアノと高い天井で木目の温かみのある素晴らしい会場、どんな素敵な響きが生まれるか、とても楽しみにしております。

 遠方かと存じますが、ご都合がつくようでしたら、お友達をお誘い合わせの上お越しいただけましたら幸いです。予約は私の個人メール kaoruiwamura3@gmail.com でも受け付けています。
 季節の変わり目、どうぞご自愛ください。お会いできましたらとても嬉しいです。」
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 では、リーフレットを紹介しましょう。

tukuba.jpg   tukuba クリックで拡大

 小百合ちゃんの帰国コンサート《フランスの色彩》もそうでしたが、演奏曲が生まれた母国で修行した若い人々のコンサートはとても楽しみです。

川崎市麻生区の区役所ロビーで

<トワイライト・コンサート>

 私・野村の住む川崎市麻生区は「音楽のまち」をめざして、平成18年7月から区役所ロビーにグランド・ピアノを常設。それを活用して、夕方にちょっとした演奏会を不定期に開催しています。名づけて「トワイライト・ミュージック」。ロビーは響きが良くて心地よく演奏できます。
 近く、百合ケ丘シュランメルンのトワイライト・ミュージック出演が決まりました。

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とき: 平成30年9月21日(金) 4:20~5:00
ところ:麻生区役所ロビー(新百合ヶ丘駅 徒歩2分)


問い合わせ:麻生区役所 地域振興課 しんゆり・芸術のまち担当
住所:郵便番号 215-8570 川崎市麻生区万福寺1-5-1
電話:044-965-5370  FAX:044-965-5201

フランスの色彩 コンサート・レビュー

今年はF.クープラン生誕350年      013.jpg

 ブリュッセルとパリで活動中の仲間(2つのヴァイオリンとトラヴェルソ、ガンバの5人)と小百合ちゃんのチェンバロを組んだ「フランスの色彩」という名のコンサート、昼間の会に行ってきました。東京は、まだまだ残暑厳しい日の午後でした。

 久保田工房製の螺旋脚、17世紀モデルの使用チェンバロもぴったりです。
15分の休憩を挟んで、フランスものをギュッと楽章の切れ目なく演るコンサートは稀なので、それなりに演奏者の「気晴らし」がうかがえて結構でした。後半のプログラムでいいますと、リュリ氏のトンボー全楽章を切れ目なく、つまりアタッカで演奏するので、2曲目のムーレの《2本のトラヴェルソのためのソナタ》で演奏者が入れ替わり、ルベルの曲が終わったことに気付いた方も居たのではないでしょうか。ラストのクープランの《諸国の人々》は、舞曲の曲数も多く、拍子感で楽章の変わり目が分かるという具合でした。
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J.マッテゾン(『新設のオーケストラ:今日の伊英仏独の音楽の相違』(1713年)でキルヒャーの次の言葉を引用しているので気になったのですが、
 『フランス人から舞踏音楽の様式とエキゾチックな三拍子によって豊かにされた書法を学ぶことができる・・・」
というわけで、舞曲の切れ目なしの羅列は、舞曲の基本リズムも定かでない日本の一般聴衆にとってキルヒャーの助言どころではなくなってしまうのではと思いました。
 
 さて、帰宅後小百合ちゃんとメール交換をしました。
 「邦人の世界進出が盛んだけれど、形から例えれば江戸時代の古曲を外人が演るような感じで、あちらでは珍しがられることはないのかな、と余計なことを思ったりして…・

野村先生、
早速にどうもありがとうございます。本日が休日であったためお電話も恐縮かとメールをさせて頂きました。
 先生の仰られる通り、外国人の私達がヨーロッパの音楽をするのは何だか不思議な感じがあります。実際に私自身も悩んだ時期があったのですが、私達の日本人カルテットのグループがヨーロッパで喜ばれる理由の一つには、どうやら日本特有の緻密さを持って西洋音楽を弾くと、西洋人の作るものと違ったものが聞こえて来て面白いのだそうです。
自分達ではそこは弱点だと思っているのですが..。
                                        小百合


このあと、11月14日(水)には旧古河庭園で「あやめAYAME」という名の4人グループが、

<クァルテット in Paris フランス貴族たちのお喋り>   001.jpg


というコンサートを開く予定だそうです。

連載3  昔のピッチについて 

昔のピッチについて 連載3 です。

 ロンドンの王立音楽大学(RCM)のコレクションに、大胆なポーズのヴィーナスとキューピットが描かれた1531年作、アレッサンドロ・トラスンティーノ(下)があります。この楽器の製作年は、下記のプレトリウスの『音楽大全』より88年も古いことに注目!
                      
                       1531Trasuntino.jpg  クリックで拡大

 この楽器は、現状が「2✕8' 」仕様、弦長スケール276 m/m、音域はG1/B1 ~ c3ですが、オリジナルはおそらく弦長スケール356 m/mのC/E~f3 音域で、「1✕4' +1✕8' 」とみたミッチェルは、現状楽器と、内部補強部材を使わないオリジナル楽器の2台を工匠・カッツマンJoel Katzman に製作依頼して比較実験した結果、後者を現代ピッチより長三度低い a1= 348Hz(現代の F 相当)にすることで素晴らしく成功したという報告をしました(Nicholas Mitchell, “ The 1531 Trasuntino harpsichord in a universal European pitch system ”, Harpsichord & fortepiano Vol.9 / 1, Spr. 2001, p.7.)。この 348Hz という周波数は、このあと見ていただく『楽音の物理』(Josephs著)の表には出ていない値です。

               無題 

 ミヒャエル・プレトリゥス(上)は、高めのカマートン(a1=約455Hz)の用法を唱えましたが(1619年)、低いルネサンス・ピッチすなわち彼のコアートン(a1=約410Hz)についても書き、大型楽器は、彼のカマートンまたはa1=約362Hz(現代のa1より3半音低いF♯相当)であると明記しています。

文中、上巻・下巻.とあるのは東京コレギウム刊の拙著『オリジナル楽器便覧』上巻・下巻の略。


つづく

昔のピッチ余談 ルネサンス期のアンサンブル


ルネサンス期のアンサンブル 結婚祝宴の記録から

 前回述べたように、王侯貴族の結婚祝宴で行われた音楽演奏の記録から使用楽器が分かることがあります。
今回はフィレンツェ、1589年、フランチェスコ・デ・メディチとクリスティーナの結婚祝宴です。

「結婚祝宴においてハープ(複数)、プサルテリー(=スピネット(複数)か?)、リュート(複数)、キタローネ(複数)、シターン、マンドラ、スペインのハープ、ナポリのギター、チェンバリーノ(銀の鈴で装飾された小型のチェンバロ。おそらくアルピコルドの一種)、

リーガル・オルガン 
リーガル・オルガン;小型のパイプによる室内オルガンと異なるリードによるオルガン


リーガル(上)と3台の室内オルガン…がすべての異なる楽曲に用いられた」と記録されています。20人にもなる当時としては大編成合奏。
 では、どのような曲がアンサンブルされたのでしょうか…

 結婚を祝って行われた喜劇芝居『ラ・ペレグリーナ(女巡礼)』の幕間の音楽として、クリストファノ・マルヴェッツィ(1547-97)作曲Sinfonia(シンフォニア)があります(1973年のリンデ・コンソート、ストックホルム室内合唱団がリリースしたEMI レコードによる)。

https://imslp.org/wiki/Sinfonia_from_Intermedio_1_(Malvezzi%2C_Cristofano)


つづく

コンサート フランスの色彩

F.クープラン生誕350年に寄せて

 2016年.5月に紹介しました 小百合ちゃんからメールが来信。

「実は私事で恐縮なのですが、この秋、9月8日(土)に近江楽堂にて、また11月14日(水)には北とぴあ国際音楽祭の公演として演奏会がございます・・・9月8日は、ルイ14世の時代に全盛期を迎えたダンスの要素や独特のビート感、トラヴェルソとヴァイオリンの音色など、様々な要素の融合によって生みだされるフランス特有の音の色彩を、トリオを中心にお届けするプログラム。特別な一日をお楽しみください!」

 前回2月の一時帰国のコンサートから半年を経て、来たる9月8日(土)、オペラシティ近江楽堂で、2つのヴァイオリン、トラヴェルソとチェンバロとガンバ、の6人からなるジョイントコンサートを開催する旨、案内をいただきました。
 出演者ほぼ全員がブリュッセルとパリにて活動中の仲間たちのようです。日本の酷暑に劣らず北ヨーロッパが暑いとは聴いておりましたが、元気に日本での活動が進み、何よりです。
 「ダンスの要素や独特のビート感」、なんといっても聞きどころはこれ。演奏会のコンセプト、出演者の規模からすれば、オペラシティ近江楽堂は少し狭いのでは?と思いますが。次回は踊り手と共演で!

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連載2  昔のピッチについて 

ルネサンス期には基準ピッチがあった?
  十六世紀のピッチ標準 ⦆⦆⦆⦆⦆  多様なピッチの管楽器やオルガンが残存するため、従来、ヨーロッパ各地に「地域別」標準ピッチ・レベルがあったとする解釈が一般的でした。それはピッチ標準が変化し始めた十七・八世紀音楽については概ね正しいが、ルネサンス期の楽器については「地域別」ではなく、コンソート楽器間にみられた複数ピッチからなるヨーロッパ共通の「組み合わせピッチ・システム」があったためとする説を紹介します。

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  チェンバロとしては最初期の1537年製/国立・ローマ楽器博物館 蔵 チェンバロ誕生の頃を語るとき話題になる1537年のハンス・ミューラー楽器(オリジナル楽器便覧 上巻p.100/下巻p.41参照) 下記のバイエルン公結婚式の31年前に作られた。

 ある地域で標準ピッチ・レベルが統一されていても、多様なピッチ楽器からなる混成アンサンブルでは、特に異種楽器間に移調が要求されたとき、ピッチ・システム標準化の必要性も生じたはずです。歴史を遡ってみましょう。
 イタリアと、世紀前半にアルプス以北で作られたチェンバロやスピネットがごく小数ですが12台残存しています。そのうちの1台が、チェンバロ史上最初期の一段鍵盤楽器ハンス・ミューラー(ライプツィッヒで1537年製作/国立・ローマ楽器博物館 Museo Nazionale degli Strumenti Musicali di Roma 蔵)があります(上)。この楽器は、鍵盤両端に移動できる空間があって、a1= 440Hzの下3半音、および下5半音の間のピッチになる構造です。
 ルネサンスの木管楽曲は、全音違う2種類のピッチ(およそa1= 455と410Hz)のミーントン律による容易に移調できる2種類のピッチで、上記ミューラー楽器の2種類のピッチより四度高く、そのピッチと十七世紀前半のルッカース二段鍵盤楽器のピッチは、現代のルネサンスのピッチ理解とほとんど一致しています。多くの十六世紀チェンバロは、少なくとも a1= 440Hzより4半音も低い現代の F 音に相当するピッチで、十七世紀半ばまで用いられました。
 現代ピッチより4半音低い、2半音低い、1半音高い、3半音高いという4セットが各地に共通の汎ヨーロッパのピッチ・システムであったという結論を得た英国の研究家ニコラス・ミッチェルは、十六世紀の様々な混合編成アンサンブルの例証からみて、ピッチ問題の証拠品にもなる木管・金管が、弦楽器・鍵盤楽器と合奏したのは明らかで、それには異種楽器間にピッチ標準設定の必要があり、ヨーロッパには共通ピッチ・システムがあったというのです(ギャルピン・ソサイエティ・ジャーナルGSJ, 2001,p.97.)。
 
傍証 結婚式のアンサンブル

        Beyern Duke  バイエルン公父子

 その傍証として1568年、バイエルン公の婚礼に欧州中から100人を超える演奏家が参集したこと(下巻p.146) を挙げています。使われたであろうリュートの調弦は、半音上げるだけでも弦更新が必要で全音の上げ下げはありそうもないし、やや柔軟なヴィオールでも調節可能な幅は小さく、楽弦のセット法はピッチ類推の重要なヒントになります。
本ブログ http://tokyocollegium.blog110.fc2.com/blog-entry-471.html 参照

つづく

連載1  昔のピッチについて 

昔のピッチ研究 古楽器愛好家のために 
 
 古楽界の活動と昔のピッチは重要な繋がりがありながら、その問題を愛好家は敬遠しがちです。そこで、近年の知見を紹介しながら連載で詳しく解説してみましょう。

 ピッチとは
 ピッチの基準 ⦆⦆⦆⦆⦆  「標準(スタンダード)ピッチ」とは、ある特定の周波数に特定の音名を結び付けたもので、そのピッチからズレたほうが都合の良い楽器もあります。その場合、楽器によっては移調楽器あるいはコンソート楽器といいます。
 現在の標準的なピッチとされている a1= 440~442Hz を記憶して読譜学習したため、a1= 410~415Hz あたりに調律されるバロック楽器にすぐ対応できない聴覚をもつ現代人が増えています。ところが音楽文化の各領域同様、「ピッチ標準」は利便性や流行に左右されて変わりやすいので、多様なピッチに対応したバッハ 時代の音楽家は、少なくとも「絶対音高」の記憶はしていなかったでしょう。

           無題   ウィキペディアから

基準器具
 音叉 ⦆⦆⦆⦆⦆  いま現場では「ピッチ・レベル(周波数)」の決定に、音叉や電子機器を使います。基準器具のない時代のピッチ問題は、証拠となるものがしばしば掴みどころがなく不明な点が多いのですが、人類の作り出した傑作器具のひとつといわれる音叉の誕生は比較的遅く、バッハ 時代の英王室トランペット奏者・ショアJohn Shore による発明(1711年)とされ、ピッチの基準器具として使われました。オルガン管(笛)の歴史は古いけれど、風圧と温度の変化でピッチが容易に変動するので精密な基準器具とはいえません。
 そのショア作と伝えられる1715年頃の音叉は、a1= 419.9Hz。同時代の有名なヘンデルの音叉は、少々高い a1= 422.5Hz です。その後ピッチ基準は上昇を続け、現代までにa1 は20Hz以上上昇したことになります。楽器はともかく、上昇傾向は声楽家にとって大変ですので、標準ピッチを法律で決める国もあります。

つづく


相模原シティオペラ 《仮面舞踏会》

相模原シティオペラ 

ヴェルディの 《仮面舞踏会》
           仮面舞踏会

 ドイツ在住のヴァイオリン奏者石黒章君が、相模原シティオペラのオーケストラでコンサート・マスターを引き受けるので帰国。昨日、一年ぶりに新宿で再会しました。

 「どう? この酷暑。ヴェストファーレン州あたりは涼しいのでは?」
 「いやぁ、北部ヨーロッパ全体が暑くって、33度くらいになります。」

 これは怪談より怖い話だと私は思います。帰宅して見た夜のTVニュースでは、アメリカからカナダにかけても山火事が多発しているとか・・・・。

 以前、本ブログ・http://tokyocollegium.blog110.fc2.com/blog-entry-597.htmlでも紹介した相模原シティオペラ 今年の演目はヴェルディの 《仮面舞踏会》
 スタッフは以下の通り。歌手は堂々のダブルキャストです。
          仮面舞踏会キャスト クリックで拡大

 今年も楽しみにしています。

ニッポン、歴史チェンバロ事始め回顧録 連載16-3

  続・ソフト関連 愛好家のためのレパートリーの増やし方

 前回、テレマンやクープランの鍵盤二声曲を合奏曲にする方法にふれた。いま、トラヴェルソやチェンバロといった古楽器を使い、ラヴェルありショスタコあり・・何でもありの驚きの5人グループ「音楽三昧」の《ゴルトベルク》はそのような編曲技法である。いうまでもなく「音楽三昧」グループの楽器編成のためのオリジナル曲は無い。コンサートのたびに演奏曲は編曲されている。
 終戦直後、NHKの名曲番組のテーマ曲は《平均律曲集(WTC)第一巻終曲前奏曲》の弦合奏編曲だった。演奏用の楽器指定のないWTCのレンダリングも、古楽資源が無数であることを示唆している。
 合奏は楽しいだけでなく、人と人を繋ぐ効用があるので勧めたい。ついでに原典尊重家のために例をいえば、ザクセン州図書館蔵のテレマン作品は、「手稿譜(写譜家の?)」をパブリック・ドメインとしてウエブ上で見ることができる(IMSLP/Petrucci Music Library)。手稿譜や初版譜での演奏は味わい深いものがある。以前、当該譜収蔵館詣での容易ではなかったことを顧みれば驚異の時代とはなった。

  1930年創業のヘルマン・メック社は、楽譜出版もしたテレマンの定期刊行譜に倣い“zfs=zeitschrift fur spielmusik”を戦前から出しており、筆者蔵の最古版は1933年の14号。リコーダー4部(SATB)のためのバッハのコラール集である。
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 第二次世界大戦の少し前の1933年に出た14号。やがて独裁者ヒトラーが禁止することになるドイツ独特のフォント亀の子文字によるタイトルは、《四声部のコラール集》だが、添え書きには「合唱やあらゆるallerlei楽器の合奏で」、と書かれている。

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  Christoph Demantius (1567-1643) による《ガイヤルド集》等の古い楽曲もある。同じドイツ敗戦以前の1940年の86号。ドイツでは第一次世界大戦後からバロック復興が盛んになっていた。  

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  敗戦後も選曲・編集の方針は変わらなかった。1950年の149号はアルプス地方の舞曲集。

 本邦でも上記編曲技法によるリコーダー愛好者のための『多田シリーズ』、北御門版『リコーダー四重奏曲集』などの刊行は全音楽譜出版が積極的に刊行した。『ハウスムジークの試み(本連載10~14)』に書いたYFEでは、上記“zfs”を毎回、初見練習曲として使った。
 

ニッポン、歴史チェンバロ事始め回顧録 連載16-2

ソフト関連
表現スタイルと楽曲
 演奏家の演奏表現が時代のファッションに左右されるにしても、貴公子といわれたレオンハルトの初来日(1977年)のとき、某高名評論家は貴公子の演奏についていけなかったようで「…テンポがふらつき…」等のマイナス評価をした。
 ショパン曲でさえ150年以上を経た音楽。バッハやモーツァルトの古い音楽遺産を生業資源にしている管弦のプロ奏者には、ピリオド楽器とその奏法を理解しようとしない人もまだ多い(本連載7「ピッチとミーントン 反対勢力」参照)。
 初来日のレオンハルトは鍋島女史との対談で、そろそろ後期バロックに食傷気味となった当時の欧州事情と、アマへの対応に触れている。いま、我が国のプロは「音楽を必要とするアマチュア」に「音楽の力と効用」を説くべきで、そのために時間をかけることも意義があると思う。

バリトン・トリオは宝庫
 十六〜八世紀、当時の王侯貴族がお抱え音楽家に課し、その音楽家の務めから遺された楽曲は、古楽の贈りものに他ならない。例えば約125曲というハイドン全集から大量に見つかるバリトン・トリオがある。バリトン声部をヴァイオリン等旋律楽器に置き換えれば、素敵なアマチュア向きの合奏曲となる。トリオでは響きが不足?とんでもない。書く立場では四声よりむつかしい三声書法の見事な作品群である。
 現代の出版社はときどき、バリトン・トリオから抜粋して《ディヴェルティメント》などと新たにタイトルを付け、独り歩きさせる楽譜を出す。バリトン・トリオは、出版社にとってもお宝のひとつなのだ。

無題 
 このアマデウス版は、TrioXIV113からAdagioとAllegro di molto,TrioXIV95からMenuet,TrioXIV81からFinaleというように抜粋、構成されている。

テレマン クープランにも
 また、テレマンにも《50のメヌエット》や《3ダースのファンタジー》があるし、クープランがすでに自作曲(《コンセール》)でいうように、二声鍵盤曲はバス声部をもとにリアライズして内声を充填、ソロ楽器による上声旋律声部を伴奏するなら音楽遺産活用に事欠かない。
第6コンセール
クープラン 第6コンセール冒頭

 このクープランの曲は作曲家自身の説明も面白い。曰く、いろいろな演奏は、
1,クラヴサンのソロで。
2,上声譜は適する旋律楽器で、下声譜は記入されている数字に従いアンサンブル譜として2人で。
3,上記2,の編成にガンバ等で下声を補強し3人で。
等、原譜の状態からいろいろな用法が考えられる。


レオンハルトのことば

1980年のエラスムス賞受賞記念講演から  
                
          レオンハルト柴田 受賞前の1973年、レオンハルト邸で柴田君と共に

 先日、フト目に止まったレオンハルトのことばがあります。演奏を心がけるなら、そうありたいアドバイスなので、紹介します。
            http://tokyocollegium.web.fc2.com/IMG_20180623_0001.pdf

5月26日 アンサンブル・シェーンフェルト演奏会レポート

5月26日 アンサンブル・シェーンフェルトの第16回演奏会  

 会場はお気に入りの川崎市 多摩市民館ホール 
          
                 アンサンブルシェーンフェルトちらし
                  

               無題  

 当日多摩川の辺りは、照らず降らずのお天気でした。そのためか運動会開催の学校が多かったようです。

 ご覧のようなサロン(小)・オーケストラですが、フォルテッシモで調和したときは、驚くほどの響きが出ます。また、強音と弱音の落差を大きくとれるように練習しています。関連しますが、例えば経過音も倚音(アポジャトゥラ)も同じような強さにならないよう求めています。会場アンケートでは十分楽しめたという好評がほとんどでした。
 オーボエの虎谷先生がお見えになったことを知って、びっくりでした。有難うございました。

 前日の練習風景
         リハ



 

ニッポン、歴史チェンバロ事始め回顧録 連載16-1

ハード関連
 ショパンは、その日の体調の良し悪しによって使用ピアノを、シングル・アクションとダブル・アクションとで使い分けたという。
                220px-Chopin,_by_Wodzinska[1]  ウィキペディアから

 今年(2010)はショパン年。先日、ピアニストの仲道郁代さんがショパン時代のプレイエルを弾くNHKのドキュメンタリー「ピアノの詩人ショパンのミステリー」を見た。長年疑問のペダリング指示記入位置について、楽器の性格(主にダンパーの制音性能)がいかに密接に関係しているか納得できたと語る部分が印象的だった。これも「古楽器」からの贈りものにほかならない。

 ベートーヴェンの《月光》の第一楽章すべてと、《ヴァルトシュタイン》終楽章冒頭にある作曲家自身による「ダンパー解放指示」も、ピリオド楽器で試みるなら即理解できること(拙著『Mozartファミリーのクラヴィーァ考』p.85〜、および私・野村が初期ピアノのダンパー機能について書いたブログ・http://tokyocollegium.blog110.fc2.com/blog-entry-28.html参照)である。古楽愛好家の『アントレ』読者である諸氏は、先刻ご承知のことだろう。ともあれ、数年前から私が唱えていたことを遅まきながら現役のピアニストと、誘導責任のあるNHKが気付いてくれて嬉しい。
  故・鍋島女史曰く「それではチェンバリストとは言えません!」。ピアノで修業した「ワザ」そのままで弾く、しかもJ.S.バッハしか弾かない(弾けない?)チェンバロ奏者は多いし、史上有名なクラヴィコードはどれほど理解されているのだろう。C.Ph.E.バッハは、両楽器を経験すべきであるといっている。
 仲道さんはスタインウェイが代表格の現代ピアノへの対応を放棄できないお立場だが、古楽の世界に特化する場合、フォルテピアノ、オルガンもある。歴史チェンバロ製作研究を経験して40年。久保田工房刊のDVDブック『チェンバロ』にみるように、ようやくハードとしての楽器製作技術は充実した。しかし、多様な鍵盤古楽器の表現法に取り組むには、まだまだ多くの人が「楽器を弾く機会の獲得努力」からしなければならないだろう。

ニッポン、歴史チェンバロ事始め回顧録 連載15-6

マリー・アントワネットの所有したタスカン
 史上有名なマリー・アントワネットは作曲し、弾き語りもしたという。彼女の所有伝承のある楽器(エール大学蔵 1778, タスカンTaskin, Pascal:拙著『便覧上巻』p.25参照)に使われた音律や如何?(フランス音律吟味は、2009.05.23以降の 楽器技術情報関連小ブログに連載済)などの思索をするとき、従来の分類学的研究はほとんど無力で、史実や音響、構造から迫る実践楽器学が威力をみせる。
 
   アントワネットのTASKIN 少女時代の肖像
  
           エール大学蔵 1778, Taskin, Pascal マリー・アントワネット(右)の所有伝承がある。

 その視点で、モーツァルトの使用鍵盤楽器にこだわった拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』は、調査執筆の段階で永年の「チェンバロ研究」が大いに役立った。アクションの実物や図面を見ただけで構造の動作・機能、それに先人達の畏敬すべきご苦労が即わかり偲ばれるのだ。

優秀な国産木工機器
 昔、筆者のウデで長尺の響板材の接(は)ぎあわせは一日がかりだったが、木くずに閉口しながらも今なら数分。優秀な自動カンナや昇降盤も入手して種々の追認実験ができるようになった。例えばチップソーのおかげで、ン十分の1mmオーダーの加工ができる。そこで自戒の言葉。そういった国産木工機器がしっかりしているのはいいのだが、電動工具もなく部材を温めながら膠(ニカワ)接着で名器を作ったルッカースを超えられないようでは情けない。

モーツァルトの父親の楽器調整技術
 ここへきて、専門家教育のレベルアップにも資する古楽と古楽器への理解、それに楽器オーナーの調律調整技術の学習も大切だ。天才の父親レオポルトは、並みはずれた楽器調整技術をもっていた(上掲『・・・・クラヴィーア考』p.38参照)。 先日、古楽科学生と話す機会があって驚いた。演奏実技練習に追われてその日暮らし。ハード、ソフト両領域共に殆ど無知。情報が容易に入手できるIT時代の「本を読まない世代」特有の油断が窺えた。ウエブ上には、神話・噂話レベルの「クズ情報」も溢れているものだ。あの70年代の若人は、実技とともに音楽学的知識も貪欲に吸収したと思う。

オリジナルRuckers鍵盤か後補鍵盤か

鍵盤配列補遺

 フレミッシュ、中でもルッカースのオリジナル鍵盤の派生音キイの配列と、現代のピアノに見られるイタリアン起源の配列とが異なるという説明をしてきましたが、かえってややこしくなってしまったようです。写真で見くらべるのが一番。
 下掲の鍵盤は、エディンバラのラッセルコレクション蔵の1638B IR(別著『チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』― 上巻 47頁)、スタンドとIoannes ローズはイタリア由来と思われるものに取り替えられているが、ノーマル・ダブルの上下鍵盤等、他のアクション部分も殆ど手を加えられていないオリジナル状態にある現存唯一の貴重な世界遺産級楽器の下鍵盤です。黒鍵の質が汚く見えますが、オーク材が古代、沼地に倒れこんで黒く染まり、ボグオークという名の貴重な材になったものを使ったキイです。

いずれもクリックで拡大
Ruckers鍵 盤

これを見ておくと、次の鍵盤はルッカースのオリジナル鍵盤であることがわかります。

ルッカース真正鍵盤、

そして次は? Ruckers銘が書かれているが少なくとも鍵盤は後補ですね。

Ruckers後補鍵盤

楽器クイズ その3

楽器クイズ第3問の答え  3月31日出題

Karest図面
 
 楽器クイズ第3問は、アントワーブのチェンバロ時代を拓いたプレ・ルッカース期の重要楽器、「1548, Karest, Ioes 初期モデルの一つ:カレスト・ヴァージナル(上)の鍵盤についての出題でした。

第3問  下はカレスト楽器の鍵盤です。 上は楽器筐体に収めたもの。下は筐体から出した状態。

      Karest3.jpg
     Karest鍵盤  クリックで拡大


    
 この鍵盤のシャープ・キイの配列には、現代一般的な鍵盤と異なる特徴があります。どこが違うのでしょうか。


考え方 
 現代一般的な鍵盤との比較をすれば良いのだけれど、つぎのピアノのキイを観察して下さい。「むりやり等分割されている」幹音キイ(ピアノの白鍵相当)を眺めてもわかりません。白鍵の分割線と黒鍵の位置関係を観察します。

CIMG1662a.jpg Karest鍵盤

  
 現代ピアノのピアノ鍵盤と違い、派生音キイ(黒鍵)のキイ幅中央に、幹音キイの分割線があるというルッカース楽器の鍵盤デザインに固有の特徴です。この特徴は、ルッカース楽器のトレードマークとして真贋判別の基準にもなっています。 トランスポージング楽器で知られた1638 bIRの鍵盤を観察して下さい。
       1638 bIR鍵盤「トランスポージング楽器」1638 bIRの鍵盤と上鍵盤の最低音域
      1638 bIR上鍵盤バス クリックで拡大
 
 さて、よくよく見ると、カレスト鍵盤の幹音キイ分割線がファ♯キイとラ♯キイの先端中央ではなく、少しずれています。ということは、派生音キイ(黒鍵)同士が寄り、演奏上都合が悪いというフレミッシュ鍵盤の欠点を改善しようとしたのかも知れません。プレ・ルッカース期にはルッカースの鍵盤分割法オンリーではなかったようです。

  いま、ほとんどのチェンバロは現代ピアノのピアノ鍵盤の分割デザインになってしまいました。この現代ピアノの鍵盤分割デザインは、イタリア楽器由来のものです。つまりチェンバロでは、フレンチ・モデルの分割はイタリアンと同じですが、ルッカース・コピーと言いながら、鍵盤の分割デザインまでコピーしないのが当たり前になっています。

余談
 「むりやり等分割されている」幹音キイとはどういうことでしょうか…実は、ドレミの各鍵盤幅とファソラシの幅は本来少し違うことになるのですが、等分割にしてしまいます。そういった現代ピアノのピアノ鍵盤分割のブレは、数字で示すとオクターヴ幅の5/12と7/12の差、0.16ミリほどでごくわずかです。そして、ド♯とレ♯が入っている隙間の幅と、ファ♯ソ♯ラ♯が入っている隙間の幅がかなり違うことで吸収されている事がわかります。



曲タイトルの和訳余聞

ツィーラー作品の曲タイトル

 お知らせした今年のアンサンブル・シェーンフェルト演奏会のプログラム、最後の曲はカール・ミヒャエル・ツィーラー 作曲 ワルツ《ようこそいらっしゃませ》Op. 518

       アンサンブルシェーンフェルトちらし

なぜツィーラー?
  私達は 2002 年の創団以来、ツィーラー作品の演奏を続けています。
 ウィーンフィルをコンサートマスターで卒業したライナー・キュッヘル氏が、ウィーン・リング・アンサンブルを率いて初来日したのが1991年。まだカザルスホールがあり、そこで聞いた僅か9人でオーケストラの響きを奏でるアンサンブル技術にビックリ。プログラムがほとんどツィーラー作品で、わかりやすいツィーラーを楽しく演奏するのも良さそうだと思ったものでした。バッハ、ベートーヴェン、ブラームスでなきゃ・・・という堅物の友人には軽蔑されましたが、「古き良きウィーン情緒とはこれなのか」という認識をした次第です。

 《ようこそいらっしゃませ》の原題は“Hereinspaziert”    なぜかドブリンガー版サロン・オケの楽譜曲名は“Herrreinspaziert”と、r が3つも。(下)

          無題
日本の独和辞典にはないドイツ語
 この曲名、和訳に苦労しました。『相良の独和辞典』にはなく、『三省堂の独和辞典』には「ぶらり入ってくる」、『三修社の独和辞典』は Hereinkommen「入ってくる」を見よ、と「たらい回し」状態でどれも曲名になりません。ドイツ在住の知人へ問い合わせて決めたのが《ようこそいらっしゃいませ》。
 元旦のウィーンフィルのニューイヤーコンサートでは、この曲は1979 年と 2016 年に演奏されています。日本中継は 1991 年からなので、2016 年放映時の和訳が初めてだったのでしょう、「ようこそ」がなく《いらっしゃいませ》。[ようこそ]は無くても良いでしょうが、演奏時のテロップでは《ヘラインシュパツィールト》と、カナ書きで出たので、NHKも和訳に困ったのでは?と思いました。

  ドイツ語の「歓迎の言葉」は、ほかに Willkommen、Servus などがあるのに、日本の独和辞典に無い単語が 使われた理由は、「spazieren 散歩する」と「Herein お入り」の2語が結びついたドイツ語というより、古来 ウィーンの慣用句だったのではと考えています。

 曲想は、わかりやすい、楽しい、踊りたくなるようなグランド・ワルツで、ツィーラー後期の作品です。