メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その9 フレンチ・モデル

「フレンチ・モデル」を語るとき
楽器学的立場に立つと、次の有名な絵がとても参考になります。

パリのクラヴサンシャンティ・コンデ博物館蔵

 以下、パリ楽器について解説してみましょう。

続・《メモ》フレンチ・モデル
十八世紀仏工匠の多くはパリ派。リヨンでも同様に顕著な活動があったが、それ以外の楽器は現存数が少ない。
 

  ザルツブルク宛て父親の手紙にはこの絵について、ヴォルフガング弾く楽器は独語で「クラヴィーア」、姉ナンネルクが手を置く楽器は同じ楽器なのに仏語で「クラヴサン」と書き分けました。

 なぜ父親は書き分けたのでしょうか。
 その手紙から推考しますと、「クラヴィーア」という曖昧ドイツ語楽器名のモーツァルト時代の用法例として、また、自宅のフリーデリーチ製二段と異なる仕様を・・これぞパリ楽器!と認識して仏語「クラヴサン」も使うという、レオポルトの用語用法が見えてきます。

 現存していないモーツァルト家のフリーデリーチ製二段の外観はわかりませんが、上掲シャンティ・コンデ博物館の絵に描かれたクラヴサンは、典型的な十八世紀のパリ楽器です。

拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』p.15の解説から転載 
モーツァルトとパリのクラヴサン2

 クラヴサンの脚スタンドのデザインは、時代のファッションを物語っています。
 複数の縦溝を彫り込んだ円錐型の脚は、「新古典様式ルイ16世風フルーテッド(彫り溝付)脚」といい、「ルイ15世風」とは前世代の優美な猫足脚、つまりモーツァルトが弾いている楽器の脚です(フレンチの脚については拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻 p.131参照)。

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その8 フレンチ・モデル

「メルセンヌとバッハのミートケ」の関連を語るかにみえるタイトルが、なかなか本論にたどり着きません。でも、順序が大切。いきなり「風が吹けば桶屋が儲かる」話にはならないのです。

拙著『チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧 下巻』から、《メモ》フレンチ・モデルの転載続きです。

続・《メモ》フレンチ・モデル
 Ruckers起源の楽器がもてはやされラヴァルマンが普遍的な時代になると、パリやトゥールーズリヨン、ローヌ河畔でも製作されていた十七世紀のインターナショナル様式は姿を消し、十八世紀楽器はRuckersに範を求めながら、一層堅牢でマッシヴな構造になってゆく。

 名工Hemsch(エムシュ)の師匠で獨ハノーファー出身のAntonie Vater(ヴァテール)は、1715年パリに移住して1737年ギルドに加盟、名工の時代への繋ぎ役を果たす注目工匠となる(下巻p.26/66)。十八世紀仏工匠の多くはパリ派。リヨンでも同様に顕著な活動があったが、それ以外の楽器は現存数が少ない。

1738,Vater 1738, A. Vater(下巻p.26) ニュルンベルク:国立ゲルマニア博物館

  十八世紀初めの四半世紀以来、Ruckers 楽器へフランス鍵盤・アクションを着装した楽器例の多くはケースや響板は殆ど改作されていない。当時のフランス製オリジナル楽器も同様で、その変遷過程を見るうえで注目されるのが代を重ねたBlanchet(ブランシェ)ファミリーで、Nicolas & François Etienneの目録(ハバード本p.289 Apendix C)は、多数のフレミッシュ楽器と部材が新楽器改装用資材として使われた時流を記録している。

[わが国の浜松市楽器博物館には、王宮御用達工匠Blanchet(ブランシェ)ファミリーの貴重な最終作があるのはご存知ですか?その1765年作は、最も長い部分の響板材が入手できなかったらしく、スカーフ・ジョイントという接ぎ方で作ってあります。それでも立派な音になるから驚きです(下巻p.62)]

 他にもGoermans(グルマン=上巻p.65:ベイトコレクション蔵1750年作の画像にリンク)とHemschが名工ファミリーとして知られる。また、《Le Garnier(ガルニエ)》という表題でF. Couperinのクラヴサン曲集中に名をとどめ、現存楽器(1747, Garnier, Sebastien 、二段鍵盤シャヴ・カプラー1x4', 2x8' 、ベルギー個人蔵)もあるオルガン造りが主だったらしい工匠も注目される。

昔の履歴書・2

新刊《フルートとピアノのためのソナチネ》のご案内です。 score08.jpg


 私・野村の二十代の履歴書のような昨年の《歌曲集》に続き、このたび《フルートとピアノのためのソナチネ》をコレギウム出版から上梓しました。

 1956年頃、伝統音楽重視の思想とは関係なく箏曲から何かを得たいと思い、邦楽科の山田流教室にひと夏通って《六段の調べ》を六段まで弾けるように練習しました。
 そのとき、お琴にプリセットされる陰音階(みやこ節の音階)音のイメージが、いわゆる自然倍音の第7〜14倍音に近いことに気づいて書いたのがこの《ソナチネ》です。つまり、等分律に置き換えて陰音階の一部を「縦に和音」で使うと、日本のペンタトニックや複調(ポリトナール)の技法、フランス近代風な6全音階と接近することに気付いたのです。
 作曲後、はからずも読んだジャック・シャイエ本によると、人々が和音に目覚める過程でフランス近代音楽にやはり倍音の第7〜14倍音が使われたと説明しています(音友版:藤田・若桑共訳『音楽分析』S43年刊p.24)。この本は今、古書店で7000円もしているようでビックリです。http://keirokudo.com/i/ongakuriron.html

ソナチネ1mv             ソナチネ2mv               ソナチネ3mv

 興味おありの方、音にしてみてください。

野村満男作品 《フルートとピアノのためのソナチネ》
価格  1,000円 (税込) A4版 ●ISBN 978-4-924541-31-3

曲を聴いて古典調律の種類を当てる法・2

古典調律の種類を判定するには

WTC II F# 大英図書館蔵《平均律曲集第二巻から嬰へ短調プレリュード》後半の自筆譜ファクシミリ

 1月15日、家喜さんのリサイタル当日の調律担当者(=旧知の林さん)に確かめましたら

「ご明察。当たらずとも遠からずPC1/5のケルナー」

ということでした。
 ケルナーのバッハ律については、拙著古楽器研究2[改訂増補]『Mozartファミリーのクラヴィーア考 -チェンバロからピアノへ- アクション*奏法*調律法*イコノロジー』p.103、または下記の東邦音楽大学研究紀要第2輯(1987)参照。

 ドイツ特許取得のケルナー律は、世界の約300台のパイプ・オルガンに採用されましたが、ヴァロッティ同様、嬰ヘ音上の長三度は不良です。

 判定法はそんなに難しいことではありません。古典調律別のキャラクターが分かっていて、プレリュードのように鳴っている和音がよく聞こえる曲(フーガのように動く旋律からの判断は困難)のクオリティを比較するとすぐわかることです。

 古典調律別のキャラクターは、目で見えるように主なものだけ拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』p.123〜や『チェンバロの保守と調律 補遺編』にグラフ化し収載しました。上記ケルナー音律のグラフは、東邦音楽大学研究紀要第2輯(1987)に発表してあります。

 2009年1月10日(土)、横浜・フィリアホールで行われたレクチャー・コンサートでは私・野村が担当した母子ヴァージナルの1/4SCミーントン調律が、村原京子・鹿児島大学名誉教授によると「楽器と曲の響きにぴったり」ということでした。
 そうなのです。楽器・楽曲に適合する調律法というものがあるのです。ミュゼラー・ヴァージナルで聴くアロンのミーントンの響きはルネサンス〜初期バロックの時代にタイムスリップさせてくれます。
 アロンのミーントンについては、ウエブ上でも勉強できますし、仕込まれた市販の電子チューナーでも実施できますが、チェンバロでのビートによる実技と理論は、拙著『チェンバロの保守と調律』をご覧ください。歴史チェンバロ研究草創期に、故・堀さんからの要請でまとめた本です。 

結論
 なんでも等分律で済ませる現代人の見失った「微妙な差異」に気付く音楽生活のほうが、今様商業用語でいえば「お得です」。

曲を聴いて古典調律の種類を当てる法・1 

フランス楽器研究をお休みしてプレクトラムと古典調律の話題です。

1638bIR の現代コピーはカモメのプレクトラム
カッツマン (2)

1月15日、家喜さんのリサイタルがあり、午後の部に行ってきました。

 家喜美子チェンバロリサイタル
1月15日(金)14:00/19:00  新大久保 日本福音ルーテル東京教会

G.ベーム:カプリッチョ ニ長調
J.H.ダングルベール:組曲 第2番 ト短調 より
J.S.バッハ:プレリュードとフーガ 嬰ヘ短調(《平均律クラヴィーア曲集 第2巻》より)
「シンフォニア」全15曲 第1〜7番(昼の部)/8〜15番(夜の部)
ほか 

家喜さんの楽器、1638bIR のプレクトラムは「カモメ」だそうです。それも、梅岡さんによると「アムステルダムのごみ捨て場のカモメ」・・・だとすれば、東京・夢の島あたりのカモメはどうでしょうか。見たところ黒いクイルもあり、アムステルダムのカモメを捕まえてわが目で確かめねば・・・

 前回の《ゴルトベルク》の時よりヴォイシングは抑え気味だったのでしょうか、もう少し音量が欲しい気もしました。でも、遠音のきく品のいい音でした。休憩時、山田貢氏の「きぬずれのような」というご感想で納得です。

 バッハの《プレリュードとフーガ 嬰ヘ短調》は、プレリュードがピカルディ三度による長三和音で終わります。つまり、第三音はA#ですね。因みに大英図書館蔵自筆譜ではA#なのに(下)、原典版を謳うヘンレ版は奥ゆかしくカッコつきのA#。その響きが不調和だったのです。しかし、アンコール曲(二短調とト長調)は調和的だったのでPC1/6あたりと見当をつけました。

WTC II F# 大英図書館蔵《平均律曲集第二巻から嬰へ短調プレリュード》後半の自筆譜ファクシミリ


つづく

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その7 フレンチ・モデル

ターミノロジー : まず用語の整理から

 「チェンバロ」と「ハープシコード」、「クラヴサン」が同類の楽器であることは近年ようやく認識されてきたように思います。
 一方、イタリア起源の用語「チェンバロ」はドイツでも「(ダス・)チェンバロ」であり、日本語の語感に合っているのか我国ではもっぱら「チェンバロ」が優勢です。しかし私・野村はフランス楽器には「クラヴサン」、英国楽器には「ハープシコード」を使いたいのです。有名な下記François Couperinによる奏法指南書が『チェンバロ奏法』でなく『クラヴサン奏法』と訳されるようなものです。

 ですから、「フランスのクラヴサン」あるいは英語で「フレンチ・モデル」とはいっても、英+伊(獨)2ヶ国語の合成語である「フレンチ・チェンバロ」とはいいたくないのです。
 「イングリッシュ・チェンバロ」や「イギリスのチェンバロ」も違和感があって、「英国モデル」とか「英国のハープシコード」或いは「イングリッシュ・ハープシコード」と使い分けたいですね。因みに、英語の文献では、アントワープ楽器、イタリア楽器、ドイツ楽器、フランス楽器すべてに「ハープシコード」を使います。

というわけで、メルセンヌ以前別種のコンセプトだった17世紀楽器が、その後ルッカース信仰の洗礼を受けいまや世界楽器となっていった「フレンチ・モデル」の概説を拙著『下巻p.129』から一部転載、加筆してみます。PRで申し訳ありませんが、拙著『チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧 上・下巻』の《メモ》が「参考になる面白い」と感想を多く頂いています。

《メモ》フレンチ・モデル

 用語「ラヴァルマン」
 未改造Ruckers楽器は稀である。用語「ラヴァルマン」は(フランス以外の改造であっても)、原音域からの拡張改造プロセスをいう。しかしラヴァルマンの語源は「低くすること、低下させること、格下げすること」で、十八世紀フランスの音楽分野では「音域の広い楽器」を意味した。

 フランスの作曲家は緻密な装飾音表を用意した。大バッハも、長男・フリーデマンのために参考にしたことは有名。それらフランスの装飾音表のうちFrançois Couperinによる『装飾とその記号の説明(1713年)』


                クープラン・エクスプリカツィオン (2)François Couperinによる『装飾とその記号の説明(《クラヴサン曲集第一巻》1713年)

の表中四角枠で、「低音にラヴァルマンのあるクラヴサンのみ」と小さく書かれている。

ラヴァルマン

 つまり、バス音域の狭い楽器では弾けないということです。

ちなみに、「装飾音とその奏法一覧」はバッハのも含めて「エクスプリカツィオン」といいます。

ラヴァルマン改造以後
 Ruckers起源の楽器がもてはやされラヴァルマンが普遍的な時代になると、パリやトゥールーズ、リヨン、ローヌ河畔でも製作されていた十七世紀のインターナショナル様式は姿を消し、十八世紀楽器はRuckersに範を求めながら、一層堅牢でマッシヴな構造になってゆく。

つづく

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その6 ハバードの誤認

ハバードの誤認・2

 ハバードの十七世紀クラヴサンに対する評価は「イタリアンとフレミッシュの質の悪い点を継承」というものでした。彼は、ラッセル本の写真にも出ている何度も改作された十七世紀後半のTibaut楽器(ブリュッセル楽器博物館蔵1679年作 下巻p.111)(下)しか調べなかったようです。このブリュッセル楽器は、外装内装とも箱根の寄木細工のような木象嵌技法仕上げで有名です。

                            007.jpg

 というのも、当時はハバードの努力もあってヒストリカル楽器の認識が高まってきたころですから、十七世紀佛クラヴサンの現存楽器がどこにあるのかもわかっていなかったのです。
 大革命で貴族階級は否定されたはずなのに、前回ブログで紹介したヴォードリーが、ブルゴーニュの「シャトー・ドゥ・サヴィニ・レ・ボーヌ」に搬入されて以来置かれたままであったり、イヴリーヌ県にある伯爵家のシャトー・ドゥ・トワリの館には、1733年、ブランシェ工房から搬入されたまの見事な楽器があったり、フランスは実に奥が深い。
 話がそれないうちに、その後発見が続いている十七・八世紀フランス楽器のリストがウエブに出ていますので紹介しましょう。

>http://harpsichordphoto.org/french/

 Tibaut楽器はブリュッセル楽器のほかに、前回のブログ・・ユーチューブで紹介したヤニック・ギュウのもの、崩壊寸前の状態で発見された1691年作のパリ音楽博物館蔵(下巻p.79)があります。

 

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その5

十七世紀フランス楽器

クラヴサン音楽    
拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻p.82から転載

 諸国の初期鍵盤楽曲の多くは、「インタヴォラトーラ」、つまり声楽曲を器楽用におきかえたものや、純器楽曲風であれば舞曲を起源とする「変奏もの(邦楽風にいえば「段もの」)」でした。しかし、十七世紀のフランスではリュート音楽の様式借用から始まり、ほどなく声楽、舞曲、或いはリュート音楽のいずれからも脱皮、広汎且つ長期にわたり影響を与えた独特の「クラヴサン音楽」の成長をみます。それらは、のちのバロック鍵盤楽曲のひとつの様相を形成する重要な作品群となり、そのような作品群は、クラヴサンの可能性を広げた練達の作曲家シャンボニエールやルイ・クープラン、ダングルベール達の時代、楽器学的見地から言い換えれば、十八世紀フレンチ・モデルがその地位を確立する前の時代、つまり十七世紀のフレンチ・モデル、或いはフランコ・フレミッシュ・モデルの時代に書かれたものといえるのです。
 つまり、十七世紀フランス楽器は、フォルクレー、ラモー、クープラン等が現役時代使用した楽器であり、楽曲との関連という視点でもっと認識されてよい時代の楽器です。
 研究を続けましょう。

レオンハルトが所有したスコヴロネック・デュルケン

 1970年代、レオンハルトが初来日して故・鍋島女史がインタビューしたとき、後期バロックあたりを遍歴する潮流は既に過去のものとなった旨のことを語り、十七世紀音楽に注目しています。それからはや40年。 モーツァルト出現のころに近いエムシュ、デュルケン、タスカンなどですべてを済ませる日本の潮流はいかがなものでしょうか。
 その後、レオンハルトはLP時代の録音で愛奏し、いま池袋・オリゴの鍋島コレクションにあるスコヴロネック作デュルケンモデル(下)を手放すことになります。
                        スコヴロネック・デユルケン
余談

 ウィーンの美術史美術館には、スコヴロネックがコピーした元楽器=ワシントンのスミソニアン博物館蔵デュルケンの姉妹楽器と言える同年作のデュルケンがあります。また、「王妃の鍵盤楽器(その8)」で書きましたように、レオポルト死亡時の遺産競売目録の記録等からみても、モーツァルト家にあった「大型の二段チェンバロ」は、この後期フレミッシュ・モデルであり(東京コレギウム刊 拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』p.21/35参照)、美術史美術館のデュルケンはモーツァルトも弾いたと私・野村はみています。
 因みに、スコヴロネックはワシントンのデュルケン楽器を見ずに作ったそうです。

故・ハバードの誤認

 ところが 二十世紀のヒストリカル・モデル復興に貢献したアメリカ出身の故・ハバード(Hubbard・・ダウドの友人)は、十七世紀フランス楽器をかなりの悪口でマイナス評価しましたので(『ハープシコード製作の三世紀』p.104)、その印象が流布されつづけ、古楽界は十八世紀楽器ばかり注目する時代が長く続いたのです。たしかに、十八世紀フレンチ・モデルの特にダブルはほとんどすべての楽曲が演奏できる万能型です。
                        1681, VAUDRY V&A蔵 1681,Vaudry
 現在V&A蔵となっている1681,Vaudry= ヴォードリー:上巻p.78 (上)が1974年に発見されたとき、イタリアンは別として十八世紀フランス楽器(主にタスカン)一辺倒だったチェンバロ界の認識を改めさせるちょっとした「事件」となりました。

つづく

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その4

十七世紀フランス楽器

再び十七世紀のフランス楽器=クラヴサンに話題を戻しましょう。

 スカルラッティやバッハをスタィンウェイ・ピアノで聞くのも現代の音楽生活のひとつであり、否定はしません。しかし考えてみれば、マッテゾンも『新設のオルケストラ』に書き残し、つい先ごろ話題になった「スパッラ」のように、古楽界の時代楽器を追う姿勢を認めるなら、いつまでもモーツァルト出現のころに近いエムシュ、デュルケン、タスカンなどで済ませるのはいかがなものでしょうか。ラモーを十七世紀楽器=クラヴサンを使い、フランス調律で聴きラモーの言う「衝撃的」な体験をしてみたいですね。

 ヤニック・ギュウ・コレクション蔵オリジナルの十七世紀楽器、1681年作Tibaut(ティボゥ)を使うユーチューブ演奏をお聞きください。(個人コレクションである「ヤニック・ギュウ・コレクション」の注目楽器については拙著下巻p.135参照)。
http://www.youtube.com/watch?v=BWmMCGz1ZN4
http://www.youtube.com/watch?v=tU2Z9_4fgjo&feature=related

メルセンヌの図版に描かれた十七世紀前半の「イアタリアンに似たフランスのクラヴサン」の後、世紀後半には(下)の写真に見る楽器を残したDesruisseausx(デルユイッソー)、
17世紀フレンチ (1)1678年以後Desruisseausx、パリ・音楽博物館蔵(下巻p.77)

Richard(リシャール)、
リシャール無題1690, M. Richard、パリ・音楽博物館蔵(下巻p.78)

Tibaut、Denis(ドゥニ)、Dumont(デュモン)(下)
1697, Dumont1697, Dumont、パリ・音楽博物館蔵(下巻p.79)

などが登場しますが、それらは十七〜八世紀当時の現役作曲家が使用した楽器であり、楽曲との関連という視点でもっと認識されてよい時代の楽器です。

つづく

鍋島 元子女史没後10年(3)

カールマン作1624IR

 先日、カールマン、1996年作1624IRコピーを使う古宮氏のリサイタルが、池袋・オリゴのSPACE1Fホールでありました。ちなみに、桐朋音大古楽器科チェンバロ専攻卒の古宮氏は鍋島先生の最後のお弟子さんです。ですから、「鍋島元子先生没後10年によせて」というサブタイトル付のコンサートで、使用楽器については「鍋島先生遺愛のチェンバロ」と付記されていました。
 
       1624IRカールマンカールマン作 コルマール・ルッカース 

 コルマール・ルッカースは、本来のトランスポージング・ダブルが十八世紀にアクション、装飾ともに改作されていたオリジナルオブライエンによって真作と判定され、オブライエン作のローズを付加、C.クラークの指導によりパリで修復した楽器ですから、外装もルッカース風ではありません。つまりコピー製作の場合、寸法的なコピーをしても、装飾は様々という例です。オリゴのカールマン楽器は、コルマールの修復楽器(下)より装飾がかなり凝っています。

ルッカースコルマール・ ウンターリンデン博物館蔵のオリジナル1624IR

:(1624IRというオブライエンによる現存ルッカース楽器の記号化については本ブログ2008年6月参照)

寸法コピーが成功するとは限らない
 オーダー・メイドが普通では、仕上がった楽器を「ハイ。これがあなたの楽器です」といわれたとき、満足できる音であるならラッキーなほうでしょう。コピー楽器が必ずしも成功するとは限りません。音色の評価は趣味、経験ほかもろもろの主観的な要因に基づくもので人さまざまかもしれませんが、「普通のおじさん」の素朴な感想も軽視できません。
 古宮氏のコンサートではカールマン・ルッカースの音は低音が少し物足りなく感じましたが、それはヴォイシングでカバーできる範囲と感じました。しかし、特に旋律を弾くことの多い次高音が成功していることは前々から承知していましたが、チェンバロ観賞初体験とお見受けした隣の「普通のおじさん」が、曲の変わるたびに「ンー、いい音だ」と盛んにつぶやき、感心するのです。

「木を鳴らす」センス
 チェンバロの音色は、カオス的な複雑な要因が絡み合う結果決まると考えられます( 拙著『下巻』p.178、Data file3「音色ファクター」参照)。モデル別の音色は、ある程度寸法コピーで方向付けできても、「鳴らない楽器」になることもあるのです。
 例えばバッハゆかりのミートケ(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻p.40〜参照)は、イタリアン的要素が多く使用弦のいせいか難しいモデルのようで、私・野村が観察した作例5台中合格は1台のみ。つまるところ、メンズ―ル・コピーのあと「鳴る楽器」になるかならないかは製作家の「木を鳴らす」センスで決まると思います。
 
 いちど、池袋の「古楽研究会=オリゴ」所蔵の鍋島コレクション・カールマン作1624IRコピーを観察体験なさることをお勧めします。

鍋島 元子女史没後10年(2)

鍋島 元子女史の遺したもの

 本ブログ読者の皆さん、英国の雑誌 "Harpsichord & Fortepiano Magazine" の1996年号に鍋島先生が寄稿されたことはご存知でしょうか?
H  F magazine
 先日マガジンの最近号が届き、裏表紙のバックナンバー表紙一覧の広告(上)を見て鍋島先生の思い出がまた蘇った機会に、先生の「遺産」続編を書いてみます。

 1995年でしたか、先生からお電話で、日本におけるバロック復興史やチェンバロ製作家の動向について「英国のHarpsichord & Fortepiano マガジンから寄稿依頼されたので教えてほしい」とのご依頼があり、私・野村が基礎資料を作成しました。 その資料がいま、古楽情報誌≪アントレ≫裏表紙内面に連載中の『ニッポン、歴史チェンバロ事始め回顧録』の元資料にもなっています。
 結局、基礎資料とはカットや加筆される運命にあるもので、結果は作成者としては今から見ると心残りなものになっていますが、当時の日本の古楽事情の断面を世界に伝える役を果たしました。

 その資料作成のとき、ついででしたが本ブログ(前回)に紹介したカールマン作コルマール・ルッカース=1624IR のコピー楽器を先生が入手しようとされたころでしたので、1624IRの出自(拙著『下巻』p.72参照)を調べ、お教えしたことを覚えています。
 現代工匠による「コピー楽器」と称する楽器をいろいろ観察した経験からすると、カッツマン作に劣らず、この楽器(下)もとても成功していると思います。

         1624IRカールマン

1624IR については次回。

鍋島 元子女史没後10年(1)

鍋島 元子女史の遺したもの

ルッカースコルマール・
ウイキペディアから
 ウンターリンデン博物館蔵コルマール・ルッカース 1624IR
 (拙著『下巻』p.72:オブライエンによる現存ルッカース楽器の記号化については本ブログ2008年6月参照
 池袋の「古楽研究会=オリゴ」の鍋島コレクションには、カールマン製作のコルマール・ルッカースのコピーがあります。

 故・女史の没後はや10年。先日、服部 幸三先生も逝去され、加えて私の指揮する室内オケ団員の急逝等々、日々メメント・モリMEMENTO MORI 想起を迫られています。

 いま古楽界の重鎮で、女史と関わりのなかった方はごく少数。有形無形の遺産は多々あります。あまり知られていませんが、女史は、ご帰国直後から日本のチェンバロ製作家を育てようとされていました。

 没後10年紀が、今回ショパン社から出版された『チェンバロ』のモチベーションだったという久保田さんも、女史のご高配に「揉まれて」育った工匠です。久保田彰著『チェンバロ』は、ダウドが主筆するハバード記念論文集シリーズ『ヒストリカル・ハープシコード』(ペンドラゴン刊)の出版になぞらえられる上梓で、忘れ難い故人を偲ぶ著者の心情をここに特記しなければなりません。

 概ね楽器批評に終わる工匠と演奏家の関わり様は、実は(バッハとジルバーマン/ハイドンとシャンツ/C. Ph. E. バッハとフリーデリーチのようにエージェントだったり!)多様です。C. Ph. E. バッハは「フリーデリーチのスクエァピアノがとてもいい。多数販売している」と書いています(東京コレギウム刊 拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』144頁年表参照)。
 女史の場合、歴史楽器研究をする我々へのご配慮が有難く、「楽器亡者」という歯に衣着せぬ鍋島流表現には閉口しましたが、ご帰国直後市ヶ谷でイェスコート作ダブルの計測の機会を頂いたり、リコーダー製作家ペツォルト氏同伴で柴田 雄康作フレミッシュ一段を見に新座までお出ましになったり、要町のオリゴで「秋葉原で素晴らしい日本のノミ」を買ったと喜ぶ名工ブルース・ケネディとの対面の機会には「弦はどうしているか?等々聞きたい事は今のうち」と私を促したり、銀の鎖を手繰るような思い出も尽きません。

つづく

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その3

十七世紀フランス楽器

 十七世紀は、フレミッシュ・モデルがスタンダード化し、量産されていた時代であったにもかかわらず、フランスでの楽器製作活動初期のモデルにはイタリアンとフレミッシュのアイデアが混合していました。少数の残存楽器からみてメルセンヌの図版からわかるようなごく初期の楽器は、ローマ; 国立楽器博物館蔵の1537, Müller, Hans(: 拙著『上巻』p.100)、

1537.jpg

或いは、ヴァージナルは1548, Karest, Ioes (=カレスト ブリュッセル楽器博物館蔵 拙著『下巻』p.106)に近い構造のモデルであったと思われます。そのような構造上の傾向はフランスだけではなく、イギリスの初期楽器にも共通してみられました。

 一見イタリアン?を思わせるカレストのヴァージナルは、ケルンにある絵画(下)や、東京コレギウム刊 拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』131頁に紹介した<ベルヘムの一族>に描かれ、現存楽器そっくりでそれらの絵は信頼度も高いイコノグラフィー資料です。
カレスト・ヴァージナルウイキペディアから

 2006年5月、米国楽器協会(American Musical Instrument Society=AMIS)の集いでMalcolm Rose がコピーした1548, Karestヴァージナルを使うミニ・コンサートがあったようです。

つづく

メルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙)』とバッハのミートケ・その2

楽器学演習の解

 Mersenne(メルセンヌ)著 'Harmonie universelle'(『和声汎論(音楽宇宙)』1636/7)から
一段鍵盤クラヴサンの図版。

和声汎論


 メルセンヌ図版から読みとれる十七世紀製一段鍵盤楽器の仕様は

・イタリアンのようなテール
・1x8'、1x4' ディスポジションのC〜c3音域
・スケーリングは高音で長い
・直線状の「ナット」は、おそらく振動する響板の上
(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻p.75参照)
・4'弦はチューニングピンの位置から見て8'ナットに穿孔した穴を通る


等々。

 『和声汎論』は1640年以前の、他楽器も含めた最も大部なクラヴサン関連情報源。
しかし、フランスのほか外国の場合についても自論を加えて書いているため、解釈には要注意です。

この後、フランス十七世紀楽器と、バッハゆかりのミートケ・モデル(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻p.40〜参照)との繋がりをご紹介します。

つづく

オルディネール音律研究・9

ダランベールとルソーの説明
ダランベール

 1752年、百科全書で知られるダランベールd'Alembert(上)が、その15年後の1767年にはルソーRousseauがどちらもラモーを出典とする表現も似た文章を記述します。そのことは、メルセンヌ以来のフランス調律が、モーツァルト時代(=アントワネットの時代)まで伝承されていたことを意味します。

 ラモーの後輩二人の記述はラモーの説明と一致していません。また、ルソーの説明はダランベールによって述べられたすべてを含み、詳細を少し加筆しただけなので、ルソーの説明を部分訳してみましょう。

 Rameau氏は、初の音律論を開発したと信じている。しかも、大変古い実技を新しいものとして確立したとさえ思っている。
 1.まずCから始め、EがそのCと純正三度になるまで最初の4つの五度を狭める。これを第一段階のチェックとする。2.五度の調弦で進み、派生音に到達したとき五度は少し広げなければならない。しかし、三度が犠牲になる。G♯でストップ。このG♯はEと純正か少なくとも受容できる長三度にしなければならない。これを第2のチェックという。3.大字Cに戻り、まず五度下、つまりF、B♭、&cに下がる。
これらをC♯としてのD♭まで少しずつ広げ、さきほど止めてあったG♯との間で五度にしなければならない。ここでとどまり、第三のチェックとする。最後の五度は長三度とともにいくらか広い。これは、長調としてのB♭とE♭の調性を不明確にし、いくらか荒れたものとする。
 この方法による幹音の調性は、すべて純正性を享受する…そして、頻度の低い転調をする移調された調性は、より印象深い表現をするうえで演奏家に重要な原資をもたらす。Rameau氏は次のように言っている。それは観察されなければならないので、私たちは…


つづく

オルディネール音律研究・8

ラモー調律の吟味(その二)

ラモー記述の評価
 ラモーの手引では、F〜A,C〜E, G〜Bの主要な3つの純正三度と、FからBまでのミーントン五度6ヶ所を示唆しています。残り5つの五度は、ウルフ調整のために順次拡張されなければならず、実際には、これは純正なB♭−FとB−F#、ごくわずか広い(それぞれ1セント)E♭ーB♭とF♯−C♯、少し大きい(それぞれ3セント)C♯−G♯とG♯−D♯/E♭を意味します。つまり、その結果得られた音律から、

1. すべての五度は(初期のフランス調律とは違って)大変良好。
2. シャープ系よりフラット系の調性が僅かに好ましい。
3. 全く対称性がある。良好な音程からの転調がフラット側(反時計回り)にもシャープ側(時計回り)にも同様の「スピード」で劣化する。
4. 次の音程を持つ。
五度:純正 2   良好:9 (うちミーントン6 広め4) 
長三度:純正3   ごく良好:2 許容:2 不良:2 ウルフ:3


とまとめることができます。

 したがって、ラモー調律は明らかに初期フランス調律から進化したもので、いくつかの五度はミーントン五度から使える五度へと移行しています。
 しかし、ディアトニック(つまり、シャープやフラットを含まない音程)の五度と三度がまるでミーントン律であり、純正であることは興味深いと思います。

 ラモーは、この音律がもとで《エンハーモニク》の「衝撃的」効果を伝えようとしたのです。
 

メルセンヌ著『和声汎論』とバッハのミートケ

メルセンヌの『和声汎論(音楽宇宙) Harmonie Universelle』の図版

フランスの音律を調べるうちにメルセンヌが登場したので、久しぶりに楽器学演習問題です。

 音律論の権威リンドリーが指摘したメルセンヌ著『和声汎論(音楽宇宙) Harmonie Universelle』(1636年 )には、皆さんも「どこかで見た」ような、十七世紀初期の楽器を描いた図が収載されています。それらは、「一見アバウト」だがプレトリウスの『シンタグマ』の図版に劣らず、「よく観察すると情報の宝庫」なのです。
 絵画や図版をもとに楽器学的類推を進める「イコノロジー(=図像学)」という分野があり、それなりの成果を得ています(東京コレギウム刊 拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』129頁)。
 一方、フランス十七世紀クラヴサンは、バッハの使った「ミートけ・モデル」の構造様式を理解するうえでルーツ的なモデルである、と研究家S.ジャーマンは解釈しています(拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』下巻 45ページ参照)。

楽器学演習
和声汎論


上のメルセンヌ著『音楽宇宙 Harmonie Universelle』にあるクラヴサンの図から読み取れる楽器の仕様を列挙しなさい。   

                                              

 4’のあるイタリアンみたいだな・・・という程度では読みが浅い。

 そのインターナショナル様式という特徴的なフランス十七世紀クラヴサンの構造について詳しい解説は、拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻 79ページにあリます。

オルディネール音律研究・7

ラモー調律の吟味(その一)

 数値によらない、コトバで示されたラモーの調律実施指針を要約してみましょう。

 自身が理想的なテムペラメントのひとつとみなしたラモー調律を、誤解を恐れずごく簡単に要約すると、割付け(ベアリング)の途中まで「耳が要求する純正な」長三度のあるミーントンをベースにして、あとは五度を広めにする というものです。

もう少々詳しく逐語的に箇条書きすると、

1. 純正長三度から、4つの連続したミーントン五度を調弦することからスタートする。
2. B♭の調弦からはじめると、E-Bに至るまでミーントン五度の調弦を進める。
3. 必要に応じ、残りの五度を拡張する。
4. C♯から上に、2つの最も広い五度をおくべきである。



BarbourとKlopの解釈吟味
 わが国で知られたBarbour(1953)とKlop(1974)両者による解釈は、上記4のステップの記述と大きく異なっています。
 BarbourとKlopは、B〜G♯の3つの五度が純正に調律され、残りの五度に偏りを集中させるべきであると解釈、結果は音楽的に受容でき、うまく非対称になったものの、ラモーの説明とは一致していないのです。

オルディネール音律研究・6

フランス調律の記述

メルセンヌotv


 フランス調律はドイツ的な数値表示ではなく、大まかなコトバによる指針が残っています。ラテンとゲルマン、国民性の違いでしょうか。
 フランス(主にパリ)ではいち早くクラヴサン調律がミーントンから逸脱し始め、バロック後期のでは1726年にラモーの著作『理論的音楽システム』の中で「音律について」

http://www.chmtl.indiana.edu/tfm/18th/RAMNOU_TEXT.html

が書かれました。ラモーは、音程表示に数値による表やコンマという用語も使いましたが、大まかなコトバによる説明が主になっています。
 ラモーは、そこに解説した調律法を理想的なテペラメントのひとつとみなしました。その調律は「ラモーの調律」として、わが国でも70年代から知られています。
 ただ、「タムペラマン・オルディネール」という用語は、26年後ラモーをそっくり引用したダランベール(1752年)以来のようです。 

 フランス調律の成立について、グローヴ音楽事典の「テペラメント」の項を執筆したリンドリーは1980年、メルセンヌの『和声汎論(音楽宇宙)』(1636年=ラモーの90年前)中の調律指針に「Fからシャープ系の右回りで始まるミーントン」が、逆の左方向のF−B♭−E♭の2つの五度を狭めるのではなく広げるとも読めるような混乱させる記述があったことに遡ると指摘しました。

 コトバによる曖昧さ
 ラモーの手順は、割付け(ベアリング)の途中まで「耳が要求する純正な」長三度のあるミーントンをベースにして、あとは五度を広めにするというものです。
ところが、「最初の五度群の合計をいくらか狭め、四つの五度を調律したら比較して検査し、分割の開始音と長三度にしなければならない」と書き、出発はCからと限定せず「もしB♭から始めるなら、最もよく使われる和声音程は可能な限り純正に保たれるだろう」としているので、我々は確信をもって「これぞラモー調律」と言えないのです。

 リンドリーのいうラモーの大先輩=メルセンヌは、90年前、オッタヴィノという 4’ 楽器 の図版(上)の背景に楽譜で、はっきりとF→Cで始める調律手順を示しています。

調律出発音についての仮説的まとめ
 本ブログ「フランスの調律法・2〜3」でまとめた不等分律調律では、出発音を「Cから、FからB♭から」などと変えると、得られる音律はそれぞれ別ものになってしまいます。
 ラモーがそのように提案する背景には、それらに適した調性が好まれる時代・・などの潮流があったとも考えられます。
つまり、我々は「これがラモー調律だ」と一つに絞れないのです。


 でも、ラモーの指針をまとめることはできますので、次回紹介しましょう。

オルディネール音律研究・5

ラモー作曲《エンハーモニク》のルプリーズ 第12小節目

50Enhar 12mm

いかがですか? 等分律でフェルマータ小節を演奏しても、ラモーの言う「衝撃的」効果は聞こえてきませんね。

 本ブログ「フランスの調律法・3」でまとめたイレギュラー音律が、ドイツ系とフランス系に分けられることをご理解いただけたでしょうか?
 つまり、《平均律曲集WTC》のバッハ調律に繋がる「ウエルテムペラメント」 (拙著『Mozartファミリーのクラヴィーア考』 103頁) ラモーやクープランの曲に適した「オルディネール音律」、いずれもイレギュラー律です。
 レギュラー・ミーントン律から次第に逸脱したフランス独自のクラヴサン調律が、「オルディネール音律」として「通常化」する流れをフランスの天才たちの作品が成立する時期と重ねるといろいろ見えてくるような気がします。
少女時代の肖像

 獨・佛とも十八世紀の理論家と実践家たちは、不等分律の長所を飽かず賞賛したのです。特にフランスでは、ときどき等分律へと振れながらも、アントワネット少女時代のアントワネット・ウイキペディアから)の時代まで「オルディネール音律」に執着したようです。

オルディネール音律 

 オルディネール音律を語る際の典拠(オリゴ)として、少なくとも3〜4人の人名と彼らの記述を挙げなくてはなりません。 
 リンドリーによればまず、メルセンヌの『和声汎論(音楽宇宙)』、1636年 (インターナショナル様式という特徴的なフランス十七世紀クラヴサンの構造について、『和声汎論(音楽宇宙)』を引用した詳しい解説は、拙著『著名博物館・コレクション別 チェンバロ クラヴィコード オリジナル楽器便覧』上巻 79ページ) にある調律指針、ラモー 1726年、ダランベール 1752年、ルソー 1767年、メルカディール 1776年です。いずれも、彼らの記述の特徴はドイツ人と違い、数値で定量的に示されていないため曖昧で、著者によって差異があり、また、現代の研究者による解釈がずれてきます。この後、それらをチェックしましょう。

 たとえば、日本で70年代以降知られたラモー調律には、BarbourとKlopによるリアライズがあり、両者は微妙に異なります。

オルディネール音律研究・4

ラモーの《エンハーモニク》は異名「同音」?(その2)

ラモー作品《エンハーモニク》のルプリーズの第12小節目とは次の楽譜、3段目のフェルマータのある部分です。直前小節までのCシャープが、ここではDフラット。 50Enhar 12mm
それについて、ラモーは、現代の「等分律人間」ではすぐ理解できない説明をしています。

「おそらく,最初は,すべての人の趣向に適うものではないだろう。しかし,しばらく親しんでいただけば,それに馴れてきて,この場合には,おそらく習慣が無かったために惹き起こされただろうと思われる最初の反発感が乗り越えられれば,その美しさを全面的に感じ取っていただけるようになるだろうと思う。この効果を惹き起こしている和声は,けっして,いい加減に使われたわけではない。それは理性に基づき,自然そのものに依って認められたものでもある。それは通人にとっては,もっとも味の有るものである。しかし,演奏に当たっては,タッチを和らげていき,問題の強い効果の有る箇所に近づくにつれて,アッポッジャトゥーラをだんだん引き延ばし,フェルマータの記号で示されているように,該当箇所で一瞬止まるようにして,作曲家の意図するところを表わすようにしなければならない」

 他の曲(《意気揚々》の第2ルプリーズの第5小節)にも異名同音の記譜があり、現代の等分律からは感じられない効果が「4分の1音」によるものであると説明しています。

「ここでは,効果は前の箇所ほど衝撃的ではない。それは,速い速度との関係で,あい継ぐ転調が,前とは別の手法で処理されているからである。この効果は,1曲目の嬰ハ音と変二音のあいだと,2曲目の嬰ロ音とハ音のあいだの4分の1音から生しる。嬰ハと変ニ,嬰ロとハは,クラヴサン上では,同じ音符,同じ音,同じ鍵であるため,実際には表に現われないにもかかわらず,その経過中必然的にこの種の4分の1音を要求する,思い掛け無い様々な転調の連続に依って,その効果はやはり感じ取れる。そこからそのような印象が得られるのは・・・・・・」

結論 
ラモーの調律法を使えば、、《エンハーモニク》の訳が今日的楽典用語「異名同音」にならないことが響きからわかり、作曲者自身の説明も理解できるのです。

 オンライン資料としては
http://harpsichords.pbworks.com/Temperament_Ordinaire

が参考になります。

オルディネール音律研究・3

ラモーの《エンハーモニク》は異名「同音」?

ラモーのクラヴサン曲集 第3集(1728年頃)

NOUVELLES SUITES DE PIECES DE CLAVECIN avec des remarques sur les different genres de musique (付、音楽の様々な種目についての考察)

に《エンハーモニク》という曲(下譜例) があります。そして作曲者自身が、曲集序文で《エンハーモニク》について長文の解説を しています。

「私がこの曲集の楽曲に用いた新しい記譜法に難しい点がいくらか有るとしても,この記譜法には,それを補うに足る便利さが有ると信じる 」という書き出しで始まります。                   

(全音ベーレンライター原典版から) 
    ラモEnhar 

確かに、いくつかの「異名同音」があり(第15小節目のGシャープと第16小節目のAフラット)、等分律なら何の疑問も持つこともありません。しかし、ラモーはこのあと出現するCシャープとDフラットの使い分けについて次のように書いています。

エンハーモニクのルプリーズの第12小節目に感じられる効果は,おそらく,最初は,すべての人の趣向に適うものではないだろう。しかし,しばらく親しんでいただけば,それに馴れてきて,この場合には,おそらく習慣が無かったために惹き起こされただろうと思われる最初の反発感が乗り越えられれば,その美しさを全面的に感じ取っていただけるようになるだろうと思う。この効果を惹き起こしている和声は,けっして,いい加減に使われたわけではない。それは理性に基づき,自然そのものに依って認められたものでもある。 (全音版:全音ベーレンライター原典版クラヴサン曲集から)

「ルプリーズの第12小節目」
は次回観察しましょう。(つづく)

マッテゾンのリュート語録・2

次のようにマッテゾンのリュート誹謗は続きます。

 あるリュート奏者が80歳になるとすると、彼はそれまで確実に60年間は調弦をしてきた・・・・。最悪なのは、リュート奏者100人のうち(とくに、リュートを専門としていない愛好家に多いのであるが)、2人としてぴったりと正確に調律できないという現状である。
パリでは馬を一頭飼うのも、リュートを楽しむのも同じようにお金がかかるというのを、私は聞いたことがあるほどだ。しかしそれでも、その演奏の素晴らしさは、もともと欠点のある楽器にというよりも、むしろ、リュートでかくも非凡なことをなしたその人の、多大な努力や判断力、熟練に帰されるべきなのである。なぜなら、もし楽器が完成されたものであるならば、その楽器で完全な演奏をしたとしても何の驚くことがあろうか。しかしこの場合は、楽器が不備であるのに、演奏の技量が高く保たれているのである。

誹謗だけでなく、マッテゾンはテオルボ登場の事情も伝えています。 

イタリア人はかつて、好んでリュートでダンスをしたり、通奏低音を奏したりしていたのだが、テオルボが使われるようになってからは、彼らもリュートを進んでお役御免としてしまった。教会やオペラの場合、リュートに伴奏役を期待するのはあまりに荷が重い。歌手を助けるというよりも歌ならぬ空気を引き立ててしまうからである。歌手の伴奏にはカリションの方がまだふさわしい。また、聞こえさえすれば室内音楽でゲネラルバスをリュートによって奏するのは、おそらく良いことだろう。低い音を出すテオルボまたはフランス語のテオルボでは、およそこの50ないし60年来、通奏低音としてリュートにとってかわるようになった楽器である。

 皮肉なことに、マッテゾンのリュート語録のおかげで本書は、歴史に残された唯一のリュート概説書となりました。

lute.jpg [改訂版] リュート −神々の楽器− (東京コレギウムオンラインショップ

オルディネール音律研究・2

ペラマン・オルディネールの特徴は、

・循環するサーキュラーなテペラメントではないが、五度はすべて演奏可能である! 
・演奏できないウルフ三度が以前は四つであったものがわずか二つとなる。
・等分律と同程度の「受容できる」三度、「不良」三度もピタゴラス律と同等。
・使えないウルフ三度は僅か二つとなり、スタンダード・ミーントンよりも転調範囲の全体は著しく増加。


  「ウルフ五度を偏った1カ所に集約するのではなく、連鎖する三つの五度に分配する」ことが効果的なのです。 連鎖する二つの五度に分配してもうまくいきません。

 これは、若いころのフランソワ・クープランのオルガン曲のテペラメントであり、多分フランス十七世紀後半を通じて大部分のオルガン曲、クラヴサン曲のテペラメントとなり、その普遍化=オルディネールという流れを生むのです。
 しかも、「オルディネール」タイプの調律は、大革命後の1820年まで一般に残っていたに違いない、とする記録もあるため、

 マリー・アントワネットがグルックに師事した少女時代、ウィーンは独語圏といえど時期的に等分律だったかどうか?でしたから、王妃は「郷に入れば郷に従」いタペラマン・オルディネールで鍵盤楽器を弾き、弾き語りをしたのはほぼ間違いないでしょう。

スピネット  ウイキペディアから   

マッテゾンのリュート語録・1

マッテゾンのリュート観 

 今回重版改訂されたバロン著・菊池 賞訳『リュート』は、バッハと同時代者のマッテゾンとの論争から生まれたものです。

 先に仕掛けたのはマッテゾン
 その有名なリュート評は、1713年、有名な『新設のオルケストラ』の打楽器と弦楽器を論じた第3部・第3章で、冒頭から「猫なで声のリュート」で始まる文中に、才能ある人を「中傷しようとは思わない」としながら、ほとんど中傷といえる文となっています。
 というわけで、バロン氏はリュート擁護論を書かずにいられなかったのです。

マッテゾンには、リュートまたはリュート演奏家に懲りた経験があったのでしょうか。

 当時、リュートは「去りゆく楽器」でしたから、他の著述家が書いても似たような内容だったかもしれませんが、今も昔も音色を愛する人にとっては、おそらく納得いかないリュート評だと思います。
 
マッテゾンのリュート評(山下道子訳)を抜粋してみましょう。

 ネコなで声のリュートは、実際のところ、分不相応に多くの愛好家を世に集めている。この楽器の専門家たちも全く哀れむべきやからで、ヴィーンかパリのやり方でアルマンドの2、3曲もかき鳴らせさえすると、真の音楽上の学識はこれっぽっちも求めようとせず、自分たちの貧弱さを逆にひけらかす有様・・・

 他面、音色の魅力は認めながら欠点を列挙するという「苦しい」?筆運びです。

・・ このみかけ倒しの楽器が持つ、巧みに心をつかむ響きは、常に実力以上のものを聴き手に期待させる。どこにリュートの強み弱みがあるかを正しく知る前は、この世でこれ以上魅力的なものを聴くことはできないのではないか、と思ってしまうだろう。私自身、いわばセイレーンの歌声にだまされてきたのだから。

(つづく)

オルディネール音律研究・1

初期フランスの音律からオルディネール音律が派生アントワネット  ウイキペディアから 

 このブログはここしばらく、そもそもアントワネット王妃が弾き語りなどをしたと伝えられる 鍵盤楽器の調律は?というテーマで進めてきました。 いよいよフランス調律情報です。
 ヨーロッパがミーントン時代であった1650年頃のルイ・クープランLouis Couperin鍵盤作品のいくつかは、スタンダードなミーントンではほとんど演奏できません。そのため、フランス人たちはミーントンをもとに、初期フランスのテペラメントとして、オルディネール誕生前ウルフ五度の解消やら異名同音用法開発に努めていたようです。

 たとえば、次のルイ・クープラン作品のある部分では「E♭とD#」を書き分けています(下譜例第2小節にD#・曲尾から7小節目にE♭)。もし、等分律ならこの2音は異名同音で使い分けもできますが、スタンダードなミーントン律では調によってどちらかを決め、再調律しないと両音は使い分けることができません。

 言い換えれば、この曲=パッサカリアはスタンダードなミーントン律向けではなく、フランス人達がミーントンの変化形を操作してウルフを解消したり、異名同音が可能な音律を探っていた時期の作品と言えるでしょう。

注目!!http://imslp.org/wiki/Category:Couperin,_Louis

ルイ・クープラン作曲 パッサカリアから アラン・カーチス版第98曲    
           002.jpg

 そういったミーントン変化形を求める努力を第一ステップとし、「ウルフ五度を偏った1カ所に集約するのではなく、連鎖する三つの五度に分配する」という第二ステップを経て獲得したテペラメントがタペラマン・オルディネールでした。
 このあと、我が国は勿論、世界的にも研究途上の「タペラマン・オルディネール」研究をしてみます。

近刊のお知らせ

原典の日本語訳

 古楽器や、その奏法について書かれた十六〜八世紀の原典は重要です。しかし、昔の外国語による特別な用語もあったりして、個人による読解はなかなか困難です。ましてや、日本語で読むことは夢と言えるでしょう。なぜなら、適切な翻訳家が稀少であることに加えて、出版を引き受ける版元がほとんどないからです。
 また、翻訳された原典本は少数限定版で出されることも多く貴重なものです。東京コレギウムの初版 菊池 賞 訳『リュート - 神々の楽器-』は、すぐ完売となりました。

 このたび関係各方面のご努力をいただき、『[改訂版] リュート - 神々の楽器-』、および『フロニモ -リュートの賢者-』の2冊を同時刊行のはこびとなりました。古楽分野の基礎づくりを創業の理念としてきた東京コレギウムだからできる出版です。
 ご期待下さい。

 『[改訂版] リュート - 神々の楽器-』は、リュート愛好家でなくとも、バッハやマッテゾンの時代にタイムスリップできますし、当時のドイツの音楽事情に興味をお持ちの古楽愛好家・専門家にとって必読の書といえるでしょう。
lute.jpg [改訂版] リュート −神々の楽器− (東京コレギウムオンラインショップ

 特に「バッハとリュート」は、遺産目録にありながら失われた「ラウテンヴェルク」を知るため、もっと認識されてよい領域だと思います。

 V. ガリレイ 著 菊池 賞 訳『フロニモ -リュートの賢者-』の原典は、有名な1593年のG.Diruta著 Il Transilvanoや1605年のA. Banchieri著L’Organo Suonarioとともにイタリア、ボローニアのARNALDO FORNI EDITORE 社から出ています。ちなみに同社は、注目すべき原典楽書・楽譜の「版元」です。


 このたび刊行の『フロニモ』は、リュート愛好家にとって、また、ルネサンス音楽に興味をお持ちの古楽愛好家・専門家にとって必読の書になることでしょう。


フランスの調律法・14

王妃アントワネットの楽器調律は?  
                    アントワネットのTASKIN
 前回まで、鍵盤楽器に適用された歴史的音律について、また、他国と違うフランス調律を知るために、周辺国の等分律化の潮流を概説してきました。まとめてみましょう。

 1820年代には「可能な限り等分でなければならない」とする見解が現れた独語圏、それにイタリアが先導的に等分律化します。
 イタリアは、
1790年(モーツアルトの死去前年)には等分律鍵盤楽器に出会うことはなく(ただし、南のナポリ王国では北部より1世代遅れて1880〜90年頃という遅い時期、等分律が確立)、ボローニャ製、ローマの楽器博物館の現存1778年のスピネットに記録されている調律法は等分律ではない24の調全てで用いる処方。1814年までミラノの音楽学校の指導者で等分律を推奨したBonifazio Asioliによる1816年の記録では、「クラヴィチェンバロ(この楽器名は、当時ピアノについても用いられた)の良い少数の調律師」だけ24調全てが使える方法で調律」。 
 ミーントンの国=英国では、
1806年に(Stanhopeの調査)最も傑出した音楽家16人または18人中わずか半数だけが等分律を支持、1830年になってようやく「ピアノフォルテで最も広く行き渡っている実技は、楽器の音階を12の等しい半音に分割」とういう記録が現れ、Alexander J. Ellis(1885年)が報告したようにピアノの等分律は、Walter Broadwoodの調弦者であるAlfred Hipkinsによってそれが採用される「1844年までは、それ以前にも個人的には使われていたが職業従事者には利用されていなかった」というオクテぶりです。

 さて、フランスです

情報1
 *1749年、ルソーJean Jacques Rousseau は、ディドローDidrot の百科全書(第14巻 58)に、フランソワ・クープランF.Couperinが等分律を「提案しあきらめた」と書いている。
情報2
 *ある地方の手稿本には、ジャン-ニコラス・ジョフロワJean -Nicolas Geoffroy の組曲集を収載したものがある。そのいくつかは自由に別の調へ移調されており、等分律が意図されたことを思わせる。


こういった断片情報は、フランスと「等分律」の早期関連を思わせます。しかし、早とちりは禁物です。

(つづく)

フランスの調律法・13

獨語圏の等分律化はいつごろ?

 1812年、Beethovenはミーントンの国エディンバラのパトロンのために≪アモローソ≫のテーマを変イ長調で送り、以下のように回答しています。

 「この調は、自然さがほとんどなく≪アモローソ≫の表現に合わないと思われますが、私にとって≪バルバローソ「野蛮に」≫なら、これであわせてきました」

 等分律であればこの見解はでてこないはずです。ミーントンであれば特に変イ長調に潜むウルフを思い起こさせます。
 古来変イ長調を調和させる調律はむつかしく、たっぷり和音で始まるバッハのWTC第一巻の変イ長調《プレリュード》はすぐれた調律法であったことを示唆しています。換言すれば、サーキュレーティングなフランスの第二種音律やウエル・テペラメントである第三種音律の出来不出来は、C−E−G#(A♭)ーcという長三度の連鎖がうまく処理できるかどうかにかかっているのです。つまり、ミーントンかウエル・テペラメントか両方の可能性があって、推断できません。
 当時のトレンドとして、ほぼ全ての証拠が等分律に賛成し始めており、この時代のBeethoven使用の調律法を推測することはほとんど困難です。

 以下、年を追って獨語圏の等分律化の流れを挙げてみましょう。

 1824年、音律は「可能な限り等分でなければならない」とするマニュアルがシュツットガルトのピアノ製作家ディウドンネDieudonneとシートマイヤーSCIEDMAYERによって書かれます。

 1828年、フンメルJohann N. HummelはMozartの弟子の一人で、等分律についてだけ言及し、加えて、「特にウィーンのプロ調律師は、等分律にはより大きな耐用性があると感じている」と書いています。

 同じ傾向は、他の鍵盤メトードやメンテナンス・マニュアルでもみられ、Allgemeine Musikalische Zeitung(1834)のファブリシゥスC. F. Fabriciusによる論文では「今、疑いなく、等分律は少なくとも鍵盤楽器ではかなり広まっている」。

 1836年より前、シュポァLouis Spohrは「歌手は等分律のピアノから学ぶべきである」と言及しました。

 1839年、チェルニーCarl Czernyは「フォルテピアノ」には同じ調律を、と主張。

 1848年にAllgemeine Musikalische Zeitungで無署名の論文が発表され、キルンベルガー II は「 決して一般的ではなく、過去40年の間にすべて等分律にとって替わられた」と述べています。

第6回 アンサンブル・シェーンフェルト演奏会

サロン・オーケストラ<アンサンブル・シェーンフェルト>

 私・野村は、「日本音楽文化のインフラ整備に微力ながら奉仕」 したいと日頃から思っている者ですが、その実践としてサロン・オーケストラ<シェーンフェルト>を指揮して7年目。

 プロもアマも混在する室内オケで、音大出が専門では無くリサイタルをするほどのピアノ奏者が勉強になるといってチェロをひいたり、見事なソプラノがフルートだったり、マルチ奏者を勧める私の意向もあって、ちょっと変わったオケです。

HPアドレス   http://www.symphonic-net.com/schonfeld/home/index.html

 第5回定期では、ウィーンフィルのコンサート・マスター、ライナー・キュッヘル氏のご学友だったプロ中のプロ・高田美穂子氏が趣旨に賛同して参加して下さいました。
 その時の演奏は、上記ホームページから「演奏会の記録」

http://www.symphonic-net.com/schonfeld/home/pastindex.html

のmp3でお聴き頂けます。

第6回 アンサンブル・シェーンフェルト演奏会
日時:  2009年9月13日(日)
開演:  14:00(開場13:30) 

  会場  川崎市多摩市民館大ホール

     小田急線 向ヶ丘遊園駅北口から  徒歩3分
     JR 南武線 登戸駅から 徒歩8分

チケット 500円 


 音楽の原点は祈り・呪術と踊り
 呪術・宗教の祈り・人間感情の吐露から旋律的な音楽の起源を語ることはできるでしょう。しかし、もうひとつ見落とせないものそれが「踊りと音楽」の関係です。

 第一部の「毎回必ずやるモーツァルト作品」のほか、第二部ではタイトルが「舞踊と音楽」。この切っても切れない関係を このたびの定期演奏会では、室内オーケストラの小回りの利く利点を生かして、十七〜九世紀の名曲から音楽と舞踊のかかわりを解説付きでご披露いたします。

プログラム

第1部             ウィーン音楽の楽しみ

ツィラー 作曲  ≪シェーンフェルト行進曲≫
ツィラー 作曲  ≪謝肉祭の子供≫
モーツァルト作曲 ≪交響曲 ト長調 K74≫

第2部              舞踊と音楽

ローゼンミューラー 作曲 ≪ソナタ・ダ・カメラ≫から
アルマンド、コレンテ、サラバンド、ほか
ビゼー 作曲  アルルの女から≪メヌエット≫
チャイコフスキー 作曲  バレー 白鳥の湖から≪情景≫
チャイコフスキー 作曲  バレー くるみ割り人形から≪葦笛の踊り≫
ファールバッハ  作曲  ≪レルヒェンフェルト・ポルカ≫
ドゥナエフスキー 作曲  ≪月光のワルツ≫
ギロック 作曲       ≪ワルツ・エチュード≫